三島由紀夫の切腹と妻の画像は?! 美輪明宏との関係は誤解されている?!

三島由紀夫は昭和を代表する作家であり、切腹という方法で壮絶な最期を遂げた人物でもある。

 

そんな三島由紀夫は美輪明宏などの著名人などと関係があったとされ、男色嗜好があったとされている。

 

しかし、そんな三島由紀夫には妻がおり、しっかりと子供もいたのである。

 

ここでは三島由紀夫の事件に焦点を当てるのではなく、その他の知らざれる逸話にスポットをあててみよう。

 

三島由紀夫は切腹について


三島由紀夫は1970年11月25日に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に【盾の会】の人間と押し入り、総監を人質にして籠城。

 

自衛隊の隊員たちに憲法改正を求めて、クーデターを起こさせる為に決起したのが動機であった。

 

しかし、賛同はおろか罵声が三島由紀夫に向けられて、受け容れられなかったことで、盾の会の面々は切腹による自決を行った。

 

三島由紀夫の切腹の画像と介錯のエピソード

三島由紀夫の切腹を行った後の画像などは、当時の写真週刊誌によって悍ましくも撮影されたものが現存している。

 

これらは現在にもネットで流布されているので、見つけるのは容易いであろう。

 

そんな中、三島由紀夫が切腹をした際に、あるエピソードがある。

 

日本の武士の伝統に沿って切腹により自決した三島由紀夫であるが、切腹をしたら介錯という他人が首を刀で落とすという行為がある。

 

三島由紀夫の介錯人は森田必勝という同じ盾の会の員であったが、何と一度で首を落とすことが出来なかった。

 

要するに介錯に失敗し、2度も別の個所に刀が当たったという。

 

しかし、三島由紀夫は苦痛で暴れるどころか、森田必勝に”『落ち着け!』”と、一喝したという。

 

実際は三島由紀夫の切腹の際の解釈には他の逸話もある。

 

森田必勝が失敗した際には、苦痛でもがき苦しみ、下を噛み切ろうとしたという話もあるようだが、実際にはそれは三島由紀夫を美化させない為の流言であるという説もある。

 

三島由紀夫の妻は平岡瑤子である

三島由紀夫は同性愛者であると言い伝えられているが、実は妻がおり子供も娘と息子がいた。

 

妻は平岡瑤子さんといい、画家の杉山寧の長女としてうまれ、お嬢様として育てられた。

 

日本女子大学英文科に進学し2年経ったある日、叔母の知人の女性が、平岡瑤子の写真を知人であった三島由紀夫に見せた。

 

すると三島由紀夫は気に入り、その後、引き合わされて恋に落ちたという。

 

実は三島由紀夫には恋人が沢山おり、実際に平岡瑤子さんと交際する時には、既にフィアンセもいたという。

 

しかし、平岡瑤子の身内の強い要望や積極的なアプローチにより、結婚となった。

 

三島由紀夫の妻の画像

引用:exblogより

三島由紀夫が切腹と介錯により死去した後は、妻は三島の著作や遺稿、遺産などを守ることに、その生涯を捧げたという。

 

また三島由紀夫の死後に【盾の会】にいた元メンバーが加担した経団連襲撃事件の際には、犯人の伊藤好雄と西尾俊一に対して、説得を試みた。

 

その際、あまりの三島由紀夫の妻・平岡瑤子さんの気迫が凄まじく、結局、この経団連襲撃事件の犯人らを投降させたという。

 

三島由紀夫と美輪明宏の関係は実は・・・

三島由紀夫は同性愛者であり、所謂、両刀使いであると現代にも語り継がれている。

 

しかし、実は美しい人物に恋焦がれるという純粋な気持ちがあった、シンプルな人間であった。

 

その一人として、現在も活躍している美輪明宏とは生前、非常に懇意な関係として知られている。

 

肉体関係があったという噂もちらほらと語られているが、これは間違いであるようだ。

 

同じ作家仲間であった石原慎太郎が『太陽の季節』を書き上げて、文壇デビューをした際に、三島由紀夫は石原を絶賛。

 

それが切欠で美輪明宏と親しくなったというのがはじまりである。

 

三島由紀夫が切腹による最期をむかえる前まで、堅い友情で結ばれていたという。

 

その後、美輪明宏と石原慎太郎は対立したが、その際、パーティで同席してしまった際、石原慎太郎が美輪明宏に対して、”『おまえが三島さんを呪い殺したんだろう?』”と絡んだという。

 

それに意を介さずに美輪明宏は”『ああ、そうさ。ついでにお前も呪い殺してやろうか?』”と返したという。

 

三島由紀夫と美輪明宏の関係とは別に石原慎太郎とも対照的な負の因縁が出来た、その真の原因は未だに不明であるのだ。

 

実際に三島由紀夫と美輪明宏の関係は巷で言われている様な、色物の関係ではなく、お互いの魅力を認め合った仲であっただけのことであるようだ。

 

おわりに

三島由紀夫の切腹にまつわる介錯時の知らざれるエピソードや、妻の平岡瑤子の現存する画像などを供に、美輪明宏の関係までも紐解いてみた。

 

現代でも語り継がれるほどに壮絶な最期と素晴らしい作品を残した稀代の作家である三島由紀夫は間違いなく伝説の男として歴史に名を残した。

 

未だに多くの文学ファンが三島由紀夫に心酔していることからも、その複雑ながら洗練された思想は言葉を中心に後世に語り継がれていくことだろう。

 

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