松永太と緒方純子の子供が生い立ちをテレビ・ノンフィクションで語ったが悲惨すぎる!

松永太と緒方純子の子供がテレビ【ザ・ノンフィクション】で自らの生い立ちを語った。

 

これまでに松永太と緒方純子の生い立ちなどは、多くのメディアや作家が取り上げて公開されてきたのだ。

 

しかし、彼らの子供たちの生い立ちは現在まで伏せられていたわけだが、成人した2人の息子の一人が、テレビ上で自らの生い立ちを赤裸々に告白したのだった。

 

松永太と緒方純子の子供について

松永太と緒方純子の子供は2人いたという。

 

現在は長男の息子は24歳であり、テレビ番組【ザ・ノンフィクション】に登場している。

 

その内容は息子の生い立ちと現在に至るまでを、子供の告白を元に作られたドキュメンタリー。

 

10時間に及ぶ息子からの取材によって、2部構成で放送されていたが。

 

松永太と緒方純子の子供がテレビに登場した理由

2017年6月9日に同局内で放送された特番【追跡・平成オンナの大事件】で北九州一家監禁殺人事件が取り上げられた。

 

この放送後に犯人の松永太と緒方純子の子供がクレームと言える電話をテレビ局にかけたことに端を発しているのだ。

 

何故、この事件をいつまでも取り上げるのか?

『自分までもがネット上で批判にさらわれている。 どうしてくれるのか?

 

息子さんからの電話は一週間にわたって続いたということで、番組プロデューサーがその生い立ちを知りたいと感じて、取材交渉をしたという。

 

交渉の結果、息子さんは条件付きで取材に応じたことで、テレビ出演が成立したという。

 

ノンフィクションでは顔は映しておらずに、名前も公開していないが、声の音は加工していなかった。

 

生の声が放送されることによって、息子さんの本音や感情が伝わりやすいとの判断がされたとのこと。

 

松永太の息子さんにしろ、プロデューサーにしろ、非常に決断力が要求された番組制作であったといえるのではないだろうか。

 

松永太と緒方純子の子供がテレビ取材に応じた理由

松永太と緒方純子の子供である息子さんは、ネット上の書き込みで、”その息子はまともになっていない”という悪い書き込みを目にした。

 

何も知らない人間たちに、悪く言われていることに納得がいかなかった。

 

ならば、自分から発言してみようと思ったことが、最初はクレームを入れていたテレビの取材に応じる気持ちになった理由であるという。

 

2017年8月21日に北九州市内のホテルで10時間に及んで息子さんが語った生い立ちとは、どの様なものだったのだろう?

 

松永太と緒方純子の子供の生い立ちとは?

松永太と緒方純子は犯行当時、3つのアジトを北九州市内でかりていた。

 

そのうちの一つのアパートに松永太と緒方純子の子供(長男と次男)は住まわされていた。

 

出生届も出していない為に、戸籍もない子供たちの生い立ちは悲惨そのものである。

 

松永太が絶対的に主導権を握る立場にあり、息子さんが語った内容によると、支配下においていた人間は動物のように躾(しつけ)られていたという。

 

生活はどのようなものだったのか?

食事は与えられた分しか食べることを許されなかったという。

 

両親である松永太や緒方純子は、一緒に住んでおらずに一週間分の材料が与えられて、自分たちで食事を作っていたという。

 

松永太の食事だけは他の人間と違って、豪勢であり、いつもステーキや寿司を、彼らの前でうまそうに食べていたという。

 

住んでいたアパートには監視カメラがつけられて、四六時中、監視状態にあり、生活態度によってはしつけがはじまることがあった。

 

事件では通電という方法が衝撃的であったが、子供たちも当然、それら通電されていたという。

 

松永太の指示により、緒方純子によって通電され、時にはテレビに登場した息子さんが弟にむけてすることもあれば、反対に弟が息子さんにすることもあったという。

 

お風呂に入る時も、湯沸かし器の使い方が分からなかった為に、常に水風呂であった。

 

松永太と供に入浴することもあったが、悲惨であったという。

 

必ず一緒の時は、浴槽のお湯に頭を沈められていたことを告白しており、松永太はそれを喜んでいたという。

 

名前も三つ与えられており、知らない人間には実名を使うなというルールを強制されていたという。

 

子供たちも程度の差はあれ、事件で命をおとした人間たちと同じようなことをされていたというのが明らかになった。

 

学校に行かせてもらえないから

子供たちは学校に行くのが当たり前であるが、出生届もなく戸籍もない松永太と緒方純子の息子さんは、当然、幼稚園や小学校には行かせてもらえない。

 

幼稚園のことは全く意識にはなかったようだが、小学校についてはこう息子さんは告白している。

 

テレビで【さわやか三組】を見た時に、自分と同じ子供が学校というものに行っていて、それが普通であると感じたという。

 

松永太は『小学校に行きたいか?』と聞いてきて、『行きたい』といっても、その後は何もない。

 

読み書きは、ひらがな、カタカナくらいは自宅に教わったと言っているが、誰に教わっていたのかは語っていない。

 

松永太と緒方純子の息子は犯行を見ていた

ペットボトルと船と公園が記憶に残っているという息子さんの告白。

 

あまりにも、おぞましいために犯行の具体的な記述はさけるが、息子さんは松永太と緒方純子の事件内容を記憶している。

 

松永太の機嫌を損ねれば、待っているものは通電である為に、緒方純子をはじめ他の監禁されていた人間たちも嘘をつくようになっていたと語る。

 

更には緒方純子は通電のさい、コンセントが入っていない状態で、苦しむ演技をしていたという。

 

それを息子さんが松永太にいうと、激しく怒り、いつも以上に通電の時間や、回数が多くなっていたと語っている。

 

事件当時のこの緒方純子が通電を芝居によって回避していたこともあるという事実は、今まで明かされなかったことであり、新情報であるといえる。

 

松永太と緒方純子に対する子供の思いとは?

息子が語った内容の中で衝撃的であったのは、母親の緒方純子に対する気持ちと父親の松永太に対する気持ちのギャップだ。

 

母親が大嫌いと発言しており、その理由も語られた。

 

しつけと称した虐待が行われていた時は、息子は必死な形相の緒方純子に押さえつけられていたという。

 

時には、背中に包丁を突き付けられたこともあったという。

 

これも指示を出しているのは松永太であるわけだが、実際に守ろうとはせずに、ただ言いなりになっている母親を非常に醜い存在であると感じているようだ。

 

母親のことはどうでもいい。

 

と、切り捨てる口調で話していた息子さんの憎しみは相当なものであると感じる。

 

かたや松永太に対しては嫌いとか、どうでもいいという言葉は一切、無かった。

 

父親とは呼ばずに、アイツとは指していたが。

 

松永太が何かに常に怯えて生活していたといっており、壁に聴診器をあてて周りの物音をきいていたということを記憶している。

 

ノンフィクション内では語ってはいないが、母親の緒方純子には憎しみや侮蔑の気持ちがあるが、父親の松永太にはそれとは別に哀れみという気持ちも抱いているようにも見える。

 

松永太と緒方純子が逮捕されてからの子供の生い立ち

2002年3月7日に松永太と緒方純子が逮捕されてから、アパートに閉じ込められていたといっていい子供たちは児童相談所に連れて行かれる。

 

それまでは大人と言えば、松永太と緒方純子の影響しか受けていない為に、別の大人と触れ合うのは初めて。
(実際には18歳の女性もいるはずであるが、これは多分、カットされている)
児童相談所に連れて行かれて驚いたのは、食事を沢山、食べていいんだということ。

 

保護してくれた大人たちは『もう大丈夫、大丈夫。』というが、息子さんは『何が大丈夫なのかが分からない。』ということ。

 

要するに自分がそれまでいた環境と他の環境を比べて学ぶという状況下では無かった為に、何もかもが分からないというのが本音であったようだ。

 

その後、息子さんは児童養護施設での生活になる。

 

児童養護施設では、他の人間は腫れ物に触る様な態度であったという。

 

当の息子さんも、何をされるのか?という恐怖を感じながら生きていたという。

 

小学校にいくことになり、本来は4年生の年齢だが、3年生から学校生活がスタートする。

 

分からないことだらけで、物事の判断基準もない息子さんが、気がついたら笑えるようになっていたという。

 

それは友達のおかげといっており、『笑ったらブサイクだね?』と言われたこともあったそうだ。

 

友達は出来て、遊ぶことをおぼえたわけだが、全く面白くなかったという。

 

バスケットボールやドッヂボールをしていても、あの輪にボールを入れたらいいとか、ボールが当たったら終わりという、その意味すら分からなかったという。

 

意味が分からないから楽しくないということである。

 

学校生活では運動会や授業参観が一番、嫌であったという。

 

運動会では施設組が固まって食事をしていたそうだが、他の子供たちと比べても差があり、目立っていたそうだ。

 

授業参観でも施設の大人たちがきてくれるが、他の子供たちの様に自分の両親が来てくれるということもない。

 

要するに他の子供たちと何から何まで違うというところに、大きな劣等感を抱いたということであると考えられる。

 

教師の言うことも息子さんには何も届かなかったという。

 

熱血教師が言う『おまえの為に言っている。』ということに対して、『俺の為なら放っておけ。』と感じるだけ。

 

確かに分からない人間に何を言われても、その気持ちが届くわけは無いので、当たり前の感情であるとは思う。

 

恋愛について

学校で友達が出来て、ありがとうという気持ちは覚えたものの、恋愛における好きという言葉の意味が分からなかったという。

 

自分からは女の子を好きになるという感情がわかずに、そもそも好きという感情って何?という具合だ。

 

女の子から好きと言われても、ありがとうというだけで、その後の展開がなかったそうであった。

 

バレンタインデーにチョコをもらったことはあっても、ありがとうというだけ。

 

ありがとうって、他になんかない?』と、他の友達には怒られたこともあったという。

 

本来は誰かに教わるものでもなく、自然に身についているはずの感情も、失われていたという事実だ。

 

松永太と緒方純子の子供の生い立ちは荒れていた

養護施設の門限は午後17時までであったという。

 

他の友達とは夜遅くまで遊ぶことが出来なかった為に、必然的に関係に溝が生じやすい。

 

やはり松永太と緒方純子の子供ということで、同級生の一部からは犯罪者の子供だと言われることも息子さんはあったという。

 

小学校5年生の2学期に、同級生に親関係のことで文句を言われたという。

 

その息子さんに文句を言ってきた子供が何故、それを知ったのかは定かではない。
(まあ、その子の親が言っているのだろうが・・・)

 

その時、息子さんはその子に思いっきりイスを投げたのだという。

 

それをみた周りの子供たちは、息子さんに対しての接し方を改めて、黙りだしたのだという。

 

今までは嫌なことを言われたり、嫌なことをされても我慢するばかりであったが、怒りを示すことによって、嫌なことが無くなった。

 

これは意思表示が出来たと言うことであり、それが当時、心地よかったと振り返っている。

 

簡単にいうと、ものすごく荒れていましたね。

 

松永太と緒方純子の息子ということだけで、とことん馬鹿にする子供もいたから、カッとなると手を出してしまうこともあったそう。

 

養護施設を出てからの子供は?

中学卒業を前に里親が見つかったので、息子さんが選んだ道は定時制高校に通いながら、バイトして自活するということ。

 

自分で学費を支払って、飲食もまかなえば文句ないのだろう?と、いう考えからであった。

 

週6回、ガソリンスタンドにバイトして、10万円ちょっとの収入。

 

しかし、学業と仕事を両立させることが難しくなり、学校にいづらくなった息子さんは里親の元を家出する。

 

住み込みで働くところを転々としていた際に、学校側の人間が居場所を突き止めて、住所不定を理由に退学届けのサインを求めに来ただけであったという。

 

この頃には学校を卒業する気持ちよりは、仕事が一番大事ということを優先させていたが、その心中は穏やかでは無かったという。

 

学歴もない、身元を保証してくれる人間がいるわけでもないという状況で、出来る仕事は限られている。

 

自分と他の人間を比べて、自信を無くす日々を歩んでいた青春時代。

 

転々と仕事先を変える中で知り合った人夫出しの仕事をしているオヤジと呼べる人間出来て、仕事の方も割と安定してきた。

 

だが、オヤジと呼ぶその人間は、極道関係の筋であったことが災いし、未成年保護法違反となり彼の元からも去らなければならなくなった。

 

ここは同じ様な境遇、それよりも悲惨な状態の仲間がいた為に、居心地がよかったが、それすらも失う羽目に。

 

状況に苦悩しながらの結婚

そんな時に、幼馴染の女性が息子さんと再会。

 

全国を回って仕事をしていたその女性は、仕事を辞めて母親と暮らしていたわけだが、その母親が薬物で逮捕されてしまう。

 

1人となった女性と供に生活するようになったが、結婚したいからしたわけではなく、女性の母親がしっかりと手続していない為に保険証すらない状態の彼女を不憫に感じて、社会保障をもたせるために結婚したのだ。

 

現在はその嫁と家賃4万円のアパートで供に暮らしているという。

 

子供はいないが、作る気もないという。

 

自分の子供には自分と同じ気持ちを合わせたくないし、不自由させたくないからというのが理由。

 

その環境を整えられる力が自分にはないと感じるし、自信がまだ持てないから、敢えて作らないという意志がある。

 

ノンフィクション内で要所要所、出てくる息子さんの気持ち。

 

”『どこかでリミッターが外れて、親と同じことをしてしまうんじゃないか?』”

 

と、いう不安や恐怖を口にしていたが、こうしたまだ見ぬ自分の子供のことを考えて、自分の行動などを制御できるのであれば、息子さんは同じ血が流れていても、決してそんなことをする人間には育っていないと自信をもって生きていいと個人的には感じている。

 

松永太と緒方純子の子供の現在は?

結婚をして、5年前(2012年頃)にようやく就職をすることが叶った。

 

自分を必要としてくれる人間たちが周りにいて、相談し合える良好な人間関係が長続きしている理由と語っている。

 

だが、息子さんのトラウマは癒えてはいない。

 

明るいところが苦手であり、取材中のスポットライトが当てられていることにも抵抗感を感じるほど。

 

その理由は隠れるところがない気がするからという。

 

普段、生活している自宅も暗くしているということからも、そのトラウマの強さが伺える。

 

更に無音が苦手であり、音がないと不安という日々を過ごしているようだ。

 

ザ・ノンフィクションで受けた取材では、そのトラウマは消えることはないと思うが、少しづつ和らいでいけばいいとも語っていた。

 

未だに自分自身の人生の目的を探しているかのようにも感じる息子さんだが、間違いなく良き方向に進んでいっていると個人的には感じる。

 

まとめ

松永太と緒方純子の子供の生い立ちを、息子さん自らがテレビ・ノンフィクションに登場して、今まで誰にも語らなかった心情を告白。

 

やはり、犯罪者の息子ということは、他の子供たちとは、その後の人生が全く違うものになっていくということがよく分かる。

 

 

松永太と緒方純子の子供ということで、我々が普段、当たり前のように享受している恩恵がない状態で、生きてきた道は過酷極まりない。

 

しかし、だからといって道を踏み外すこともなく、現在は我々と同じ社会人として、地道に生きているその姿はどこか健気でもあり美しくも感じる。

 

あまりにも理不尽な環境を生きてきたといえるその生き様ではあるが、事態は確実に好転していっているといっていい。

 

元々、何もない状態・・・マイナスの状態から結婚をして就職をするというのが、どれだけ過酷であるか。

 

そして、本来ならば結局、道を外す犯罪者となることが多い中で、そうはならなかったその強い意志は確実に実を結んでいるといえる。

 

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