渡瀬恒彦が死去! 余命と激やせ写真がショッキングすぎた!

渡瀬恒彦が死去したという報道が物議を醸しだしている。

 

以前からその余命が危ぶまれており、激やせ写真が非常に痛々しいと言われていた。

 

がんの闘病生活の果てに、息を引き取られた往年の大スターについて見ていこう。

 

渡瀬恒彦について

【名前】 渡瀬恒彦(わたせつねひこ)

【生年月日】 1944年7月28日

【星座】 しし座

【享年】 72歳

【出身地】 島根県能義群安来町

【血液型】 AB型

【学歴】 早稲田大学法学部(除籍)

【所属】 東映マネージメント

【デビュー】 1969年

 

渡瀬恒彦は芸能界入りする前は電通に勤務しており、既に兄の渡哲也は日活においてスターになっていた。

 

東映の社長である岡田茂から度重なるスカウトをうけており、電通をやめて東映の役者としてデビューしたという逸話がある。

 

その後は数多くの東映映画に出演したが、そのほとんどがヤクザ映画であったことから、【ピラニア軍団】の発起人としても知られている。

ピラニア軍団とは?

東映所属の大部屋俳優(キャストロールにも名前が挙がらないチョイ役)で構成された役者たちを集めた者達による集団。

元々は岩尾正隆、川谷拓三、志賀勝で結成されたグループであったが、後に小林稔侍室田日出男らが参加。

これをみた映画監督の故・深作欣二が彼らの為に作品を撮るなどをして、一躍、ブームになった。

 

またエリートサラリーマンでありながら、空手の有段者である渡瀬恒彦は芸能界で喧嘩させたら最強と噂されており、その威風堂々とした態度に歯向かえる人間は殆どいなかったという。

 

2015年から胆のうがんを患っており、闘病生活の為に人気ドラマシリーズ【十津川警部シリーズ】を降板していた。

 

渡瀬恒彦の余命が囁かれていた激やせ写真が・・・


渡瀬恒彦の余命は長くないとは、実は一昨年から囁かれていたという。

 

その際に撮られたと言われる激やせ写真でみる渡瀬恒彦の様子は、非常に昔の荒々しさと威厳を知るファンにとっては衝撃的なものだった。

 

片眼は細く見開けない状態であり、首が明らかに細くなっている様にみえる写真であり、長くはないと誰もが思ったそうだ。

 

それは後述するがん治療の末のことであったようだ。

 

渡瀬恒彦が死去に至るまで

渡瀬恒彦は2015年の夏に体調不良を訴えて、検査をしたという。

 

その結果、胆のう部分に悪性腫瘍が発見されて、都内の病院に入院し、およそ5カ月の間、抗がん剤治療と放射線治療をした。

 

仕事復帰まで身体をもちこんだものの、完治には程遠く、病院を出たり入ったりしていたという。

 

やはりここでも出てくるのが抗がん剤治療であり、この治療を受けた者はどうあっても生き延びることは難しくなる。

 

身体の負担が大きすぎるので、個人的には抗がん剤治療は厳禁と感じているのだが、権威である病院の決定に流されてしまうのだろうか・・・。

 

医学の知識が無い場合は、無条件で従ってしまうのは何も渡瀬恒彦だけではないのだろう。

 

非常に心苦しい限りではあるのだが・・・。

 

おわりに

渡瀬恒彦の死去と話題となっていた余命が囁かれた激やせ写真について触れてみた。

 

芸能関係者一同、非常に悲しみに暮れていることは間違いなく、ファンも驚きを隠せないであろう。

 

渡瀬恒彦のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

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