竹原慎二が死去を乗り越えて現在は嫁と供に暮らしている!

竹原慎二は死去が囁かれるほど重い膀胱がんから克服した男だ。

 

現在はテレビ出演をするまでに回復し、嫁と供に健康管理に余念が無い生活をしている。

 

竹原慎二が死去すると言われていた過去と、現在の嫁との間柄を見ていこう。

 

竹原慎二について


【名前】 竹原慎二(たけはらしんじ)

【生年月日】 1972年1月25日

【星座】 みずがめ座

【年齢】 45歳

【出身地】 広島県安芸郡府中町

【血液型】 A型

【所属】 太田プロダクション

【デビュー】 1989年

 

竹原慎二は【広島の粗大ごみ】と言われていたくらいに荒くれ者でった。

 

中学時代から柔道で県大会優勝の腕っぷしであり、高校にもいかずに職を転々とする日々を送っていた。

 

一念発起してプロボクサーになることを夢見て上京をして、協栄ボクシングジムに所属し、1989年に初試合を行い、KO勝ちでプロデビューを飾る。

 

1995年に【不沈艦】の異名をとっていたWBA世界ミドル級王者・ホルヘ・カストロを下して、王者に輝いた。

 

1996年に王座陥落し、網膜剥離が判明したことで現役を引退。

 

その後、芸能界入りして、2000年の伝説のバラエティ番組【ガチンコ!】内の企画である【ファイトクラブ】でコーチとして参加。

 

一気にブレイクし、CDや自伝を出版するほどになり、俳優としてもドラマに出演。

 

2014年に膀胱がんを患い、その余命が危ぶまれたが、2015年から活動を再開し、現在に至る。

 

竹原慎二が死去するという反応

竹原慎二が死去するという噂は、2014年頃からネット上で囁かれていた。

 

竹原慎二が後に語っているのは、小林麻央と同様に膀胱がんが医師によって見落とされていた為に、発見が遅れたのだ。

 

膀胱がんが発見された時は、ステージⅣの余命1年という重度な状態でったそうだ。

 

こんな状態では、ネットで囁かれるのも当然といえば当然であるが、竹原慎二は後述する嫁や娘の支えもあって、治療法なども全て自分が決めたという。

 

膀胱がんと死去を宣告されてから3年経った、現在は芸能活動やジム運営などを再開していることから、間違いなく克服したといっていい。

 

竹原慎二は嫁がいなければ死去していたかも?

竹原慎二は結婚して20年になる嫁の香織さんに、闘病生活中は一番支えられていたと語っている。

 

前述した通り、竹原慎二は誤診により膀胱がんの発見が遅れたが、別の医者を勧めたのは嫁の香織さんであったという。

 

しかし、以前から付き合いのある医者を信用して、別で診てもらわなかった為に体調は急変した。

 

その時には膀胱がん・ステージⅣの状態であり、竹原慎二はパニックに陥り、泣いていたという。

 

 

余命を宣告された竹原慎二は死ぬなら家で死にたいと嫁にいってしまうくらいに落ち込んだが、それを支えたのが香織さんであった。

 

非常に辛い闘病生活に入ったが、常に竹原慎二の傍にいて支え続けた嫁の存在が無ければ、がんに負けていただろう。

 

がん全般的に言えることだが、物凄く精神の要素が強いのが、この病気の特徴である。

 

だが、それだけではなく、やはり元・世界を獲ったプロボクサーの鍛え抜かれた精神力が、そんな嫁の支えがあって再び目覚めたと言える。

 

それらが、がんを克服できた要因になっているのかも知れない。

 

おわりに

竹原慎二の死去についての噂を紐解いて、現在までの道程を垣間見てきた。

 

嫁の香織さんとは20年間、大きなトラブルもなかったからこそ、献身的に闘病生活を支えてくれたのだろう。

 

余命宣告されてから3年経った現在に立ちふさがる障害は、もう何も無くなっている様にも思える。

 

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