下重暁子は夫との生活が【家族という病】を書かせたのか?

下重暁子は数多くの批判を浴びた【家族という病】の著書であるベストセラー作家。

 

家族というものの価値を否定した自己中心的な考えとして、非常に問題作として語り継がれている。

 

この様な著書を書かせた背景には夫との生活が影響していたのでは?と考えられるが、その内情を紐解いてみよう。

 

下重暁子の夫について

下重暁子はその私生活は長年、ベールに包まれていた。

 

が、ベストセラー作家として、テレビメディアに久々に登場した【徹子の部屋】にて、【結婚していたことを告白。

 

下重暁子より年齢は3歳下であり、仕事でテレビ関係者だった夫と知り合ったことが馴れ初め。

 

結婚する前の交際期間中に、料理好きな彼は自宅に下重暁子を招いて振舞っていたわけだが、彼が料理をする後ろ姿をみて、結婚を決意したという。

 

夫は現在でも家事を全てこなすタイプであり、茶道や華道にも精通している文化人的な男性であるという。

 

下重暁子は夫との間に子供はいるのか?

下重暁子と夫との間には、子供がいる様子はなく、そういった報道も皆無。

 

夫である男性は以前はテレビ関係の仕事をしていたようだが、【一般男性である為に結婚後の活動などは未公表である。

 

下重暁子は作家業だけではなく、講演活動も行っている知識人である為に、経済的には何も夫を頼らずとも自立している。

 

あくまで結婚は彼女にとって愛情ある人間との意思表示であり、だからといって人生そのものを委ねあえるという考え方はないようだ。

 

下重暁子の夫の画像などは?

前述した通り、夫である男性は一般男性であり、下重暁子も私生活を積極的に公開しているタイプでもない。

 

よって、夫の男性がどのような人物でどのような容姿をしているのかを示す画像は、一枚も発見できないといえよう。

 

尚、結婚当初は改姓したものの、現在は旧姓の下重に戻している。

 

これも賛否両論があった逸話であるが、改姓した当時から旧姓のままでいたかったと豪語しており、死ぬ前には事実婚状態に戻して、自分の本名である下重暁子として死にたいと公言。

 

確かに一見すると、【これは非常にエゴが強いと思われても仕方がないが、下重暁子はこうも言っている。

夫婦同姓は明治期からの制度であり、伝統でもなんでもない。

通称利用で現制度の不利益が緩和されるなどということはない。

確かに結婚するのが常識であるとか、【夫の姓名に入り嫁ぐという習慣も、社会が人間を管理したり、財産を守るという利己的な思想に基づくものが常識化したものだ。

 

下重暁子の【家族という病】は何故、書かれたのか?

元来、結婚して家庭を持つという常識に対しては否定的な思想をもっていたようであり、それは幼少の頃の記憶が原因と見える。

 

後に告白しているが、下重暁子の父親は母親に対して、現在で言うDVをしていたわけであり、所謂、昭和のオヤジにありがちなタイプであった。

 

そうしたのを子供の頃からみていた為に、父親との関係は成人してからも険悪であり、父親が老人性結核で入院したとき、一度も面会にいっていないという。

 

だからこそ、結婚という二文字は下重暁子の中には無く、むしろ女性一人として社会に出て自立して生きていたことから、家庭に入り家事をするという行為そのものを馬鹿にしていた。

 

が、夫となる男性の家庭的で知的な姿をみて、結婚したわけだが、本来、夫や妻という間柄であるにせよ、他人同士という本質をついた生き方を模索していた。

 

だからこそ、ブームにもなった【卒婚】という二文字が誕生させて、認知させる為にも作家業の中でそれを表現していたといえよう。

 

愛情はあるにせよ、本来は個々の生き方があるとして、それを体現しているといえる。

 

下重暁子の【家族という病】が批難される理由

下重暁子のベストセラー著書・【家族という病】は50万部の売上を誇ったものである。

 

が、これに対する批判は非常に多く、その内容に対して辛辣なレビューが目立つ。

 

内容を列挙することは控えるが、同じ様に個人主義者の人間の読後の感想を拝見させて頂くと、【家族という病】は客観的なものが全くないという。

 

自分の思い込みが他人の人生にも当てはまるかのように、押しつけがましい記述が沢山あり、読んだ人間を不快にさせる点が多いのだとか。

 

更にはNHK時代は非常にモテたと思わせる所謂、自慢エピソードが盛り込まれていることからも、読書家の神経を逆撫でしたと言える。

 

辛辣な意見の中には『家族という病は、近所のおばさんの愚痴をまとめた作品』と評していた。

 

常識的な考え方に縛られて生きている人間には、下重暁子のベストセラー作品【家族という病】は支離滅裂で何の琴線にも触れない作品であるということか。

 

だが、結婚や家庭を持つということの苦しみが分かっており、それだけが人生ではないと考える人間には、共感が出来る箇所は幾つもあるといえる。

 

どこか下重暁子は個人主義以上の【実存主義】の思想を持っている様にも感じており、素直に敬服できる箇所がある。

 

当然、全ての人間に受け入れられるものではないので、読む際には相当の精神力を必要とすることは間違いない。

 

おわりに

下重暁子の夫について紐解いてみたが、やはり結婚観などの話がメインになってきてしまうのは否めない。

 

結婚はそれだけ人生において重要なものであることが、逆に言えば下重暁子もよく分かっていると言える。

 

だからこそ、敢えて常識的で普通であると言われる結婚というものを否定するかのように、素の自分を曝け出して表現した作品といえる。

 

筆者も結婚という常識的な考えはどこか否定的であり、他人と愛し合ってはいても、やはり人間の人生は自分で創るものと断言出来る。

 

自立した考えを持ったもの同士が敢えて結婚生活をして、家族を作っていった場合は実は破綻どころか、逆に幸せな関係になれる点も非常に多いのだが、どうやらこれは分かっていない人間が圧倒的に多数である。

 

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