コンクリート事件の犯人の現在(2021)画像が! 加害者のその後が判明!

女子高生コンクリート事件は、[br num=”1″]戦後最大級の少年犯罪として、[br num=”1″]現在でも語り継がれている。

 

犯人グループの少年は[br num=”1″]いずれも当時の少年法に守られて極刑を受けることなく、[br num=”1″]既に我々と同じ社会人となり生きている。

 

そんなコンクリート事件の犯人で[br num=”1″]主犯の現在(2021年時点)の画像が[br num=”1″]ついに公にされている。

 

そして、出所後の道程なども[br num=”1″]明らかにされているので、それをまとめてみましょう。

 

コンクリート事件の犯人の現在・2021年時点までの最新画像


引用:ミリオン出版【実話ナックルズ】より
(コンクリート事件・犯人の現在の画像)

2021年・コンクリート事件の犯人たちの情報提供について

2021年現在もコンクリート事件の犯人を糾弾する声は後を絶たない。

 

犯人たちの現在は憶測の域を出ないわけだが、[br num=”1″]情報提供などから関東でアウトロー的な家業をして食いつないでいる者もいる。

 

それどころか過去を消し去って、[br num=”1″]我々と変わらぬ何不自由なく暮らしている者もいるそうだ。

 

現在の名前や画像などを公開して欲しいと、[br num=”1″]当ブログに寄せられているわけだが、残念ながら法律の問題でそれはかなわない。

 

提供された情報に対して、こちら側も裏をとらなければならないし、[br num=”1″]真実であったら尚更、公開出来ないのは、すでにコンクリート事件の犯人たちは一部を除いては[br num=”1″]刑期を満了して出ている為に、[br num=”1″]書類上、法的には我々と同じ一般市民だからだ。

 

現在、公開できる情報というのは、インターネット上の有志なども記載しているものに限られる。

 

悔しいが、それしか今のところ方法がないのだ。

 

被害者女性のカラー写真なども流出している辺り、[br num=”1″]未だに事件を風化させないようにする動きに衰えは感じさせない。

 

コンクリート事件の主犯として裁かれたAという男は[br num=”1″]実名も既にネット上にて暴露されている。

 

現在は事件後の名前とは違っているが、[br num=”1″]それは敢えてここでは記載しない。

 

某ノンフィクション雑誌が[br num=”1″]コンクリート事件の主犯Aの現在を2017年夏に[br num=”1″]スクープとして暴露している。

 

とても一般人とは思えない、[br num=”1″]どこかプロキックボクサーの様な体型であり、[br num=”1″]日々、鍛え上げている様子が画像から見て取れる。

 

後述するが、元々は柔道で強豪選手であった実績もあることから、[br num=”1″]身体を鍛えぬくということは、現在も習慣になっている[br num=”1″]アスリート気質があるといえる。

 

さすがに顔は隠しているために、[br num=”1″]現在の容姿までは判別できないが、[br num=”1″]一見するとカッコイイいかつい夏が似合うアンちゃんという[br num=”1″]雰囲気が浮かび上がる。

 

コンクリート事件の犯人の主犯Aのこの画像は、[br num=”1″]かつて千葉刑務所に服役していた、某男性からもたらされたもの。

 

男性はかつて千葉刑務所にて[br num=”1″]知り合った先輩が実はコンクリート事件の犯人であったことが後に分かり、[br num=”1″]その知人が雑誌記者にリークしたと言うことである。

 

コンクリート事件の犯人の主犯Aのその後の職業とは?


引用:ミリオン出版【実話ナックルズ】より
(コンクリート事件・犯人の現在の画像)

コンクリート事件の犯人たちに関して後述するとして、[br num=”1″]主犯のAは出所後に詐欺の容疑で再び逮捕されている。

 

具体的には車の名義貸しの際にトラブルとなったことから、[br num=”1″]詐欺で逮捕されたということである。

 

また2013年には画像のコンクリート事件の犯人は[br num=”1″]振り込め詐欺で逮捕されている事も明らかになっている。


出典:mamastar.jpより

パチンコ必勝法の情報料名目で現金を騙し取る振り込め詐欺で 2013年1月10日に口座の所有者だった 宮野裕史(当時42歳)は逮捕された。
髪が薄くて体は細いらしい。

素人集団に近いグループでした、末端要員が口を割らなければ突破口もないため、不起訴になることも少なくない。

末端の役回りだった宮野裕史は、 それを知っていて黙秘を貫き1月31日不起訴処分。

不起訴は無罪判決ではありません。

性犯罪と詐欺は常習犯が多く再犯率も高いので今後も再犯する可能性が高い。

新興宗教にはまる母親(宮野静江)は、平成21年夏に宮野裕史が出所する数年前まで綾瀬にいたそうな。

引用:宮野裕史が振り込め詐欺で2013年に逮捕 | ログ速@2ちゃんねる(net)

 

所謂、裏稼業で莫大な利益を上げているそうであり、[br num=”1″]乗っている車はBMW、財布はエルメス、デイトナの金時計をしているという。

 

裏稼業の種類はマルチ商法であり、[br num=”1″]主にLINEを駆使して鸚鵡(オウム)となりヒヨコを量産して、[br num=”1″]お金を吸い上げているといった類である。

 

実質、暴力団関係者ではないにしろ、[br num=”1″]そちらの組織との繋がりもあるとのことで、[br num=”1″]人を集めては日夜、パーティーをしているというのだ。

 

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コンクリート事件とは何か?

コンクリート事件とは[br num=”1″]一体、どんな事件なのかが分からない方の為に、[br num=”1″]非常に簡単ではあるが解説してみよう。

 

1988年11月から1989年の1月に[br num=”1″]東京都足立区綾瀬で発生した事件であり、[br num=”1″]正式名称は【女子高生コンクリート詰め殺人事件】。

 

当時17歳の女子高生を犯人グループが拉致し、[br num=”1″]犯人のうちの一人の自宅に監禁し約40日間に渡って、[br num=”1″]凌辱と暴行を繰り返した挙句に、命を奪った事件だ。

 

戦後少年犯罪史上、類を見ない残虐で無残な事件概要に、[br num=”1″]30年近くたった2017年現在でもあらゆるところで[br num=”1″]語り継がれている凶悪事件である。

(ちなみにコンクリート事件の犯人たちの実名が明らかになったのは、週刊文春の記者であった当時の勝谷誠彦の功績によるもの。)

 

コンクリート事件は現在でも語り継がれている

コンクリート事件が、何故、現在でも語り継がれているのかといえば、[br num=”1″]被害者の女子高生が、犯人たちに人間とは思えない鬼畜の所業を[br num=”1″]受けて帰らぬ人となったこと。

 

そして、犯人グループで後に逮捕されて、[br num=”1″]公開されたメンバー以外にも、数十人規模で[br num=”1″]当時、事件が発生したことを知っていた人間たちが[br num=”1″]いたという信じられない事実が後に明るみになったからだ。

 

当然、その中には被害者の女子高生を暴行凌辱したが、[br num=”1″]罪を逃れて現在も暮らしているという[br num=”1″]悍ましい人間もいると言われている。

 

こうした事件後に次々と明るみになった事実が、[br num=”1″]未だにこのコンクリート事件を風化させていないのだ。

 

よくよく考えてみると、これは恐ろしいことである。

 

コンクリート事件の犯人たち

コンクリート事件の犯人として、[br num=”1″]逮捕されて裁判にかけられた人間は4人。

 

実際にはもっといたであろうが、[br num=”1″]警察が起訴できたのはたった4人であったというのも、[br num=”1″]恐るべき事実である。

 

コンクリート事件の犯人・宮野裕史

出典:Twitterより

宮野裕史は1970年4月30日に生まれ、[br num=”1″]中学時代は柔道に勤しみ、軽量級の選手として実績があった。

 

高校に進学するも中退し、[br num=”1″]タイル工として働きだすが暴力団組員と懇意になり、[br num=”1″]半グレ集団を立ち上げるようになり、[br num=”1″]地元で暴虐の限りを尽くすようになり、[br num=”1″]コンクリート事件を起こした。

 

懲役20年の刑の判決を受け、千葉刑務所に服役。

 

2008年に出所。

 

前述した主犯Aの画像とは、[br num=”1″]この少年の29年後(2017年現在)の姿であるとされている。

 

コンクリート事件の犯人・小倉譲(神作譲)

出典:Neverより

小倉譲は1971年5月11日に生まれたが、[br num=”1″]後に両親が別居するなど、家庭環境は恵まれてはいなかった。

 

私立修徳高校に入学するも1年生の2学期で中退し、[br num=”1″]宮野裕史と供にコンクリート事件の[br num=”1″]サブリーダーとして犯行に及んだ。

 

裁判では5年から[br num=”1″]10年の不定期刑が確定し、1999年8月3日に出所。

 

後に神作譲として再び犯行を冒すのだが、それは後述する。

 

コンクリート事件の犯人・湊伸治

出典:EZBBSより

湊伸治は1972年12月16日に生まれ、[br num=”1″]足立区内の名門である中学校を卒業。

 

都内で唯一の化学専門工業学校に進学する優等生であったが、[br num=”1″]宮野裕史と小倉譲と親しくなったことで、[br num=”1″]コンクリート事件の片棒を担ぐことになる。

 

被害者の女子高生を監禁した先、[br num=”1″]犯行現場は湊伸治の自宅部屋である。

 

小倉譲と同じ様に5年から9年の不定期刑が確定、[br num=”1″]出所後はキックボクサーとしてデビューを飾ったものの、[br num=”1″]有名選手とはなれなかったようだ。

 

現在は不確定情報ながら、[br num=”1″]嫁と娘をもうけて、関東でひっそりと暮らしているようだが・・・。

 

追記:湊伸治が殺人未遂で逮捕された!

2018年8月19日に埼玉県川口市で45歳の湊伸治が逮捕されている。

 

軽トラックに乗る32歳の男性を警棒で殴った上、[br num=”1″]刃物で彼の首を刺して重傷を負わせた為である。

 

湊伸治は軽トラックに乗った[br num=”1″]二人の人間とトラブルになっていたという。

 

駐車トラブルと報道されているようだが、[br num=”1″]実際は湊伸治が軽トラックの運転手たちに因縁をつけたということが[br num=”1″]起因であると週刊新潮は報じている。

 

兼ねてより湊伸治は[br num=”1″]住んでいたアパートの近隣住民からの評判は悪く、[br num=”1″]アパートの住人と隣人トラブルを起こしていた様だ。

 

【露店商】の様な仕事をしていたと思わせる様子があったものの、[br num=”1″]実際には働きに出ている様子はなく、無職そのものであったという情報も出ている。

 

週刊新潮の内容を紐解くと、[br num=”1″]その精神状態は破綻していたと思われる部分があるが、[br num=”1″]事件を起こす当日の朝も階下の住人とトラブルを起こしていた。

 

これは推測の域を出ないが、[br num=”1″]おそらくはこうしたことが切欠の一つにもなり、[br num=”1″]湊伸治は再び事件を起こしてしまったのではないだろうか?

 

警察には被害者を刺したことを認めており、[br num=”1″]幸いなことに首を刺された被害者は命に別状は無いということである。

 

コンクリート事件の犯人・渡邊恭史

出典:EZBBSより

渡邊恭史は1971年12月18日に生まれた。

 

内気な性格であり、中学卒業後は[br num=”1″]定時制高校に入学したものの、すぐに登校拒否をし退学。

 

宮野裕史らのグループに加わり、犯行を供に行った。

 

判決は小倉譲、湊紳治と同じく5年から7年の不定期刑が下り、[br num=”1″]出所後は精神病を患っているという不確定情報もあったりするが。

 

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コンクリート事件の犯人たちの中で再犯し、事件を自慢する者も・・・

コンクリート事件のサブリーダーとして[br num=”1″]逮捕された小倉譲は、出所後、養子縁組で苗字を神作に変えた。

 

母親が経営する飲食店を手伝った後に、[br num=”1″]コンピューター会社にアルバイトとして勤務し、2002年に結婚。

 

その後、2004年に母親が飲食店から[br num=”1″]スナックに変えた店で【三郷市逮捕監禁致傷事件】を起こした。

・オレは人を殺したことがあるんだぞ、本当に殺すぞ。

・オレは10年間懲役を受けてきて、そこで警察や検事を丸め込むノウハウを学んだ。何があっても出て来られる。

(コンクリート事件を振り返り)アレはマジで楽しかったなあ。サブリーダーとか言ってるが、オレこそ本当の主犯なんだよ。

再犯して逮捕された際に、後の被害者などの証言で[br num=”1″]明るみになった小倉譲改め神作譲が[br num=”1″]吹聴していた文言には絶句する。

 

[su_accordion class=”コンクリート事件の犯人・神作譲の事件”][su_spoiler title=”三郷市逮捕監禁致傷事件の内容を確認したい方はクリック”]

その「逮捕監禁致傷事件」が発覚したのは、顔に大きな青アザを作った若い男が、5月19日の昼間、足立区にある竹の塚警察署に駆け込んできたからだった。

男性は足立区内に住む花屋に勤めている27歳の店員。

彼の供述によれば、顔見知りの男に因縁をつけられて、午前2時ごろから朝の7時ごろまで5時間もの間、監禁され、暴行を受け続けたのだという。

警察関係者がいう。

「事情を聞くと、見も知らぬ女性のことで、知人のチンピラから絡まれたということでした。車のトランクの中に監禁されて、埼玉県三郷市のスナックに連れて行かれ、ボコボコに殴られたのです。怪我の具合は全泊10日ほどでした。驚いたのは、被害者がその犯人は16年前、足立区の綾瀬で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の1人だと証言したからです」

確かに、この花屋の店員が証言した通り、事件の犯人、神作譲という33歳の男を調べると、彼は16年前、女子高生を監禁し、殺害した4人の犯人グループの1人だったのである。

当時、17歳の神作がコンクリート詰め殺人でどのような役割を果たしていたのかを見る前に、まずは、今回、起きた逮捕監禁致傷事件の顛末をご紹介しよう。

被害者の知人の1人が説明する。

「神作は、被害者が働いていたフラワーショップの社長の知人の若い衆だったのかな。6~7カ月前に、その社長の知人が店に来たとき、一緒に付いて来ていたんです。身長は190センチ近いがっちりした大男で、一見して、その筋の人という雰囲気があった。たまたま、店で働いていた被害者と顔見知りになっちゃったわけです」

その場で意気投合したということでもなかったが、それ以降は、道で顔を合わせれば挨拶をする程度の間柄になったのだそうだ。

ところが、なぜか今年の春先、突如、神作が被害者の男性に急接近したのである。

ここから先は、被害者自身に語ってもらおう。

「時々、撲の携帯に電話が掛かってきていたんですが今年の3月か4月ごろに、突然、夜中の2時に、僕のマンションを訪ねてきて、ズカズカと上がりこんでしばらく世間話をして帰っていきました。ところが30分くらいすると、また来て、〝俺の財布がなくなった″って言いながら、勝手にたんすやクローゼットを開けて僕の部屋を家捜しするんです。〝財布がねーんだよっ、どこを捜してもねーんだよっ″とか言いながら……。でも、断ることもできなくて……」

こんな傍若無人な態度に文句一つ言えなかったのは、神作の外見を怖れたからだけではなかったという。

「実は、彼が頻繁に家に来るようになって、話をしてると、あるとき、突然、〝俺はなあー、少年のとき10年もムショに入ったんだよー″って、軽い調子で、言い出すんですよ。怖くて、〝何の事件ですか〟、とも聞けないでいると、自分から〝綾瀬のコンクリート詰め殺人って知ってるだろ。あれだよ″って、ニヤニヤ笑いながら……。女子高生を押さえつけて髪を切ったことや、死んでしまったときのことなんかも、〝タバコに火をつけてさ、その煙を、その子の鼻の下に近づけても、息をしてなかったんだよ″とか〝遺体をこんな感じで、ドラム缶に入れてさ、コンクリを詰めこんで……″と、事件をまるで笑い話のようにして身振り手振りで自慢するわけです」

花屋の店員は、恐ろしくなって、以後、電話に出るのを避けるようになったが、それが却って、彼を怒らせてしまった。

「5月18日、電話に出ると〝仕事が終わったら、電話よこせ、俺の女を盗ったろ。ヤクザをなめんなよ″って脅かされました。その日は夜が遅くて、家に着いたのが夜中の2時ごろだったんですが、マンションの玄関前に白いセルシオが停まっていて、神作が降りてきた。こっちから挨拶をするといきなり、右手のコプシで5、6発、顔面を殴られて、倒れると〝殺してやろうか、なめんなよ″って……」

被害者がさらに恐怖の体験を続ける。

「そのうち、金属バットを持ち出してきて、〝トランクに入れ″って命令されて、さらわれるのも怖かったけど、もう言うことを聞くしかなくて……。で、30~40分走って、埼玉県の三郷のスナックの前で車から降ろされたんです。彼がスナックの扉の鍵を開けて、中に入れられ、内側から鍵をしめられてしまった」

生きた心地のしない被害者に対して、神作は、

「おまえ、細面の170センチくらいの女だよ、知ってるだろ」

と、殴り続けた。心当たりがなく、訳がわからぬまま被害者は、

「すいません」

と、平謝りするしかなかったのだそうだ。

結局、スナックから解放されたのは夜が別けた午前7時。それも嫌疑が晴れたからではなく、神作が、殴り疲れたのがその理由だったのである。

狂気とすら思える暴力を振るった神作の暮らし振りはどんなものだったのか。

近所の住人によれば、
「金髪っていうよりも真っ黄色に髪の毛を染めてたね。最近までお母さんと2人で、一軒家の2階に住んでいて、1階で焼肉屋を経営していたのですが、もう一軒、お母さんがやっていたスナックが忙しくなったそうで、焼肉屋の方は閉店したんです」

別の知人は、
「暴力団の事務所にも出入りをしていましたけど、正式な組員ではなかったようです。浅草の三社祭りには、よく参加していました」
むろん、近所は神作の忌まわしい過去については全く知らなかった。

引用:Personalsite.liuhui-inter.netより

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神作譲だけではなく、犯行グループに加担したが、[br num=”1″]実行犯とされずに少年院送りになった犯人たちも酷い後日談がある。

 

その内の一人・中村高次も[br num=”1″]当時のコンクリート事件のことを、面白おかしく[br num=”1″]自慢げに語っているという。

 

それはかつて週刊誌が取材でつきとめた情報もあり、[br num=”1″]こうした後日談なども、2017年現在も未だに[br num=”1″]コンクリート事件が人々の記憶から消えない[br num=”1″]要因の一つになっていると思われる。

 

総括として

コンクリート事件は2017年現在も[br num=”1″]人々の記憶の中に根強く残っている[br num=”1″]戦後最悪の少年犯罪だ。

 

その主犯Aの画像が明らかになっているが、[br num=”1″]29年経った現在はそんな罪を忘れて、[br num=”1″]悠々自適に暮らしている様子が見て取れる。

 

罪は償ったから大手を振って生きていけるというのが、[br num=”1″]出所した犯罪者たちが口を揃えていうことであるが、[br num=”1″]明らかに世の中には永久に許してはいけない罪がある。

 

1人の罪のない少女を、欲望が赴くままに蹂躙し汚して、[br num=”1″]命を奪ったという無残すぎる事件を起こした罪は[br num=”1″]永久に許されないと思われる。

 

現実、罪を償っていても、[br num=”1″]また再犯しているというのは、[br num=”1″]刑務所に入ったことが何の贖罪にもなっていなかったことの表れである。

 

こうした鬼畜といっていい人間たちの現在を見ていると、[br num=”1″]明らかに神も仏もこの世にはいないということを[br num=”1″]証明しているかの様な錯覚さえおぼえるのだが。

 

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