蜷川有紀は今でこそ画家として活躍しているが、若い頃は女優だった。

 

女優とはいっても、あらゆる魅力を売りにする各々のスタンスがあるものだ。

 

しかし若い頃の蜷川有紀は冷たい印象を感じさせるものの、
美しいと誰もが感じさせる程の女優だった。

 

若い頃の画像と供に蜷川有紀のこれまでを振り返ってみよう。

 

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蜷川有紀の若い頃

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蜷川有紀は1960年8月18日に神奈川県横浜市に生まれた。

 

本名は蜷川さつ子と言い、身内の多くは芸術畑の著名人ばかりだ。

 

父は詩人であり、親戚には画家や演出家がいて、それぞれが実績のある経歴を持っている。

 

また妹は映画【瀬戸内野球団】や【ヘルタースケルター】に出演した蜷川みほがいる。

 

また写真家であり映画監督でもある蜷川実花は従妹である。

 

そんな環境で育った蜷川有紀は女優として出生する。

 

蜷川有紀が若い頃の作品

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1978年、18歳の時に舞台【サロメ】で芸能界に入った蜷川有紀はいきなりの主役デビュー。

 

1980年の東映映画【忍者武芸帖 百地三太夫】でもヒロインとして、映画デビューする。

 

正に選ばれた者だけのレールを歩いてきたかの様な道だ。

 

そして1981年、蜷川有紀の出生作であり問題作でもある【狂った果実】で主演を演じる。

 

狂った果実の大胆で艶やかな演技で蜷川有紀のイメージが確立されたといってもいい。

 

 

蜷川有紀が若い頃に結婚した相手

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蜷川有紀は若い頃には結婚もしている。

 

相手は映画プロデューサーの小椋悟である。

 

蜷川有紀とは同じ神奈川県の出身であり、
仕事の関係で知り合い結婚に至った。

 

小椋悟は映画プロデューサーと銘打っているが、
映像作品のほぼ全ての制作をこなせるほどの敏腕クリエイターでもある。

 

現在は海外(主にアジア)で活躍している為、然程、日本での知名度はない。

 

ちなみにマニアの中ではカルト的人気を誇っている
OV【ギニーピッグシリーズ】の制作も手掛けた男でもある。

 

具体的な年は判明していないが、蜷川有紀とは子供が出来ないままに離婚している。

 

蜷川有紀が若い頃に輝いた賞

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蜷川有紀は若い頃には女優として賞も授与されている。

 

デビューしたての若い頃は1981年横浜映画祭新人賞を獲得。

 

これは【狂った果実】の演技の大胆さと美貌により、新人とは思えないと評価が集まった。

 

そして、女優を引退後、情報文化学会が与える芸術大賞を授与されている。

 

画家としての功績が認められてのことであり、
元女優でありながら画家として成功したという証でもある。

 

蜷川有紀は若い頃から他とは一線を画した
印象の強さを見せつけておりながら、謎めいた雰囲気もある女性だ。

 

そんな彼女は今は元知事である猪瀬直樹と
深い関係になっているわけで、今後の動向が非常に気になるところだ。

 

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