望月涼太(九州共立大)のドラフト会議で父親が炎上・・・その理由は?!

望月涼太は九州共立大の野球選手であり、2017年10月26日に放送されたテレビ番組【ドラフト緊急生特番2017】に登場。

 

番組内では選手それぞれのこれまでをドキュメンタリー形式で表して、ドラフト会議の結果までを克明に記録したものである。

 

そんな中、オンエア後に望月涼太の父親にブーイングともいえる炎上騒ぎが巻き起こっていたのだ・・・。

 

望月涼太が九州共立大に入るまで・・・

 

望月涼太は1995年に滋賀県彦根市の建設会社を経営する家に生まれた。

 

小学生に入学したころから野球をはじめたものの、その熱中ぶりは尋常なものではなかった。

 

子供同士の野球の試合に負けたら大粒の涙を流して悔しがったりと、野球に対するパッションは他の子たちよりも凄まじいものがあったという。

 

少年野球チームでそんな情熱を周りにも示していた望月涼太であるが、ある時に・・・

 

”『僕、このチームやめる。負けても悔しくない奴らと一緒に野球したくない。』”

 

と、言い退団と相成ってしまう。

 

それだけ周りとの温度差が違い過ぎたのだった。

 

当然、望月涼太が、既にこの頃から目指していたのはプロ野球選手。

 

その為に一人で練習をしていたが、ある時、父親に毎日、練習に付き合って欲しいと言ったという。

 

息子の望月涼太の情熱を背負うことを決意した父親は、毎日、早朝2時間の練習に付き合い、仕事が終わってからも、それは続いた。

 

毎日、毎日、バッティングセンターに3時間以上も通い、もはや本業の建設会社経営が手に就かなくなるくらいに、のめり込んでいったという。

 

更には父親は会社を早退して、練習に付き合うという無茶なことをするようにまでなり、バックアップを惜しむことはしなかったという。

 

望月涼太が九州共立大に入るまでには火の車に・・・

望月涼太が小学5年生になった時には、硬式野球チームに入団。

 

更には野球の塾に通うことにもなり、これが徐々に望月家の家系を圧迫してくることになる。

 

望月涼太の野球にかかる月々の費用は10万円以上となり、母親がパートに出なければいけなくなるくらいに経済的不自由を余儀なくされた。

 

それでも息子の望月涼太の為に、父親は85万円のバッティングマシーンを購入し、その夢を一心に支えることに全てを捧げていた。

 

まるで野球バージョンの亀田親子のような形であり、望月涼太が中学生になる頃には、更に父親ののめり込みぶりはエスカレート。

 

ついには経営している会社を部下に任せきりにして、親子二人三脚で毎日、野球の練習に虜になっていった。

 

ところが、これが仇となってしまう。

 

会社を部下にまかせっきりにした為に、経営にスキが生まれてしまい、信頼して任せていた部下に会社のお金を横領されてしまった。

 

結局、数千万円の穴をあけてしまった会社は倒産することになってしまい、これが原因で家庭の内情は激変を極める。

 

食うものにも事欠くありさまで、父親と母親の喧嘩が絶えない状態になってしまったという。

 

父親はそれでも望月涼太が高校に入るまでは、練習に付き合いたいといって職に就こうとはしなかったという。

 

自分の野球の為に父親と母親が喧嘩をしている状態に泣き崩れていた望月涼太。

 

そんな彼に更に苦言を呈したのが妹の里緒菜ちゃん。

 

”『お兄ちゃん辞めなよ…野球…お父さんもお母さんもお兄ちゃんが野球好きなの知ってる。でも家族がここまでぐちゃぐちゃになってるのに今はもうお兄ちゃんもつらいのに、それでも続けることなの?野球って?』”

 

幼い妹の里緒菜ちゃんにも、家庭崩壊の原因が望月涼太の野球にあったことが分かったのだろう。

 

自分の野球のせいでこうなってしまったのは痛いほどよく分かっているが、こうも思ったという。

 

”『自分が野球を辞めれば家族は元に戻れるのか?このまま野球を辞めても幸せな時間は戻らない。必ずプロ野球選手になる。それは夢ではなく果たすべき使命』”

 

と、考えて、野球を辞めることなく、奨学金をうけて東大阪大柏原高等学校に進学して、甲子園にも出場する活躍も見せる位にまで成長した。

 

甲子園に出場してもプロ野球入りの声はかからなかったが、その後は九州共立大学に奨学金にて進学できたことで、ついにはドラフト会議にて候補に名前が挙がったのだ。

 

望月涼太(九州共立大)のドラフト会議の結果は

この頃には望月涼太の父親は運送会社で日夜、働いており、母親は昼夜を問わずにパート三昧で生活費を稼いでいた。

 

既にこの時には望月涼太がプロ野球選手になることが、家族の夢になっていたといってもいいだろう。

 

そんな望月家にもたらされたのが望月涼太のドラフト候補入りという朗報だ。

 

そして、2017年10月26日に放送されたテレビ番組【ドラフト緊急生特番2017】で、生放送にてドラフト会議の結果を日本中に放送されている中で家族一丸となって待ちわびていた。

 

しかし、望月涼太はドラフト会議の結果、指名されることはなかったという、不測の事態に陥ってしまったのだった。

 

九州共立大の看板を背負って、これまでの過去までも払拭するはずだった望月涼太はドラフト会議にて選ばれることが無かったのだった。

 

何とも現実の厳しくも冷たい風を家族で再度、浴びる羽目になったのだが、この放送をみた視聴者から予想だにしなかった炎上騒動が巻き起こったのだった。

 

望月涼太(九州共立大)のドラフト会議後に起きた父親への炎上騒動・・・

ネット上には望月涼太の父親に主に非難が集中しており、もはや糾弾というよりも罵詈雑言に近い声が錯綜しているのだ。

 

そのショッキングな声を紐解いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 


ネットの意見には個人的には非常に賛成である。

 

一家の大黒柱が、家庭を支える為の経済活動をほったらかしにしてしまうというのは、致命的である。

 

大の大人で、人を使う身の立場の人間が会社を早退したり、部下に会社を任せっきりにしたりなどというのは、到底、考えられないといえる。

 

その結果、そこまでの犠牲を払いながら、望月涼太は九州共立大に奨学金をへてドラフト会議に望んだものの、結果的にプロ野球選手に指名されなかったのだ。

 

本来ならば、ドラフトにかける人間たちの感動秘話を見せるのが番組の趣旨。

 

だが、望月涼太や父親などの紹介されたエピソードは、そもそも感動の話ですらないといえるだろう。

 

まだ、チャンスは到来するとは思うが、同情や何かでプロ野球選手になれるほど、プロ野球の世界は甘くないといえる。

 

今後の動向には是非、注目して見たいところだが、果たして、この様な重苦しい中で結果が出せるのかは、甚だ疑問点が残るのだが・・・。

 

結果だけ見れば、一番、まともだったのが、一番、幼い妹だけがまともであったと揶揄されるのも無理はないといえる。

 

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