松本幸四郎の家系図にみる兄弟仲! 写真付きの画像と供に

現在の松本幸四郎は9代目であり、家系図を紐解くと、その歴史は古く非常に深い。

 

名前の力は非常に大きいわけで、松本幸四郎という名前を冠した人間は地位と名誉に裏打ちされた権力を握れることが分かる。

 

だからこそ、身内同士の骨肉の争いを生むこともあるわけで、その兄弟仲を気にする人間が後を絶たない。

 

今回は松本幸四郎の写真付きの家系図などの画像を見ながら、その兄弟仲はどういった状況なのかをみていきましょうか。

 

松本幸四郎の家系図

家系図画像をクリックすると拡大されます。

松本幸四郎の家系図をみてみると、大体、7代目から始まるものが多い。

 

松本幸四郎の名前は犬公方・徳川綱吉の時代に生まれており、260年前から受け継がれているものである。

 

名前は男性にのみ受け継がれ、実子や婿養子が伝統をどれだけ重んじるかの精神性や、芸の能力などを見据えて襲名するか否かを決めるわけである。

 

当然、名前を冠する人間が人々の人気を惹きつける魅力を兼ね備えていなければ、名前は廃れてしまい力が無くなってしまうことから、相当の先見の明が襲名前には必要とされるというのも忘れてはならない。

 

7代目松本幸四郎は明治から昭和初期の歌舞伎役者である。

 

子供には、11代目市川團十郎や8代目松本幸四郎、2代目尾上松緑、4代目中村雀右衛門。

 

ちなみに11代目市川團十郎と言えば、市川海老蔵のお爺ちゃんに当たられる人物だ。

 

 

松本幸四郎の写真付きの家系図にみる兄弟仲

家系図写真付きをクリックすると拡大されます。

写真付きの方が分かりやすいので、今度はそれを見ながら解説していこう。

 

松本幸四郎の家系図をみて、特に兄弟仲が悪いと噂されていたのが、現在の松本幸四郎(9代目)と2代目中村吉右衛門である。

 

弟の中村吉右衛門も歌舞伎役者としては当たり役が多い人物で知られているが、どちらかといえばテレビドラマの【鬼平犯科帳】や【忠臣蔵】で有名。

 

兄弟仲の悪さが噂されるにも、生まれた時から既に確執が存在しているわけであるから、これは必然と言ってもいい。

 

彼らの母親は初代・中村吉右衛門の娘であり、成人してからは八代目中村幸四郎に嫁いだ。

 

この時に男の子供がもしも2人生まれた場合は、そのうちの1人を中村吉右衛門の養子に出すという約束がされたと言われている。

 

結局、子供が男2人生まれた為に、約束はなされて、弟が初代中村吉右衛門の養子に出された。

 

本来ならば祖父に当たる人間の実子となったということ。

 

こうして9代目・松本幸四郎と2代目・中村吉右衛門は実の兄弟でありながら、高麗屋、播磨屋という歌舞伎界の大名代を背負う重役を任されることになったわけだ。

 

ところが養子に出された中村吉右衛門は、自らが幼い時に実の両親と暮らせなかったことを悔み、残った兄の松本幸四郎を恨んだと言われている。

 

古代から伝わる日本の伝統芸能の名家に生まれたからの悲劇といってもいいだろう。

 

更に松本幸四郎と中村吉右衛門は兄弟であるが故に、若い頃から比べられることがおおく、その度に周囲の人間やファンがライバル関係として焚きつけていたことも火に油を注ぐ結果になったようでもある。

 

松本幸四郎は若い頃から歌舞伎だけではなく、テレビやミュージカルなどで活躍し、演劇の世界でも非常に高い評価をうけていた。

 

対する弟の中村吉右衛門は歌舞伎以外の活動は比べてみると少なかったことから、それらでも比較対象とされて、それもまた兄弟仲が悪いというものに拍車をかけていた。

 

ところが中村吉右衛門はその後、大人気時代劇ドラマ【鬼平犯科帳】にて長谷川平蔵を演じて、これが大ブームを起こすほどに人気を呼んだことから、それまでメジャー路線を歩いてこなかった中村吉右衛門は、多くの人間にその活躍を知られる存在になった。

 

その影響からか、歌舞伎役者としての功績も見直されて、2011年に人間国宝と認定されている。

 

あくまで兄弟仲が悪いと言うのは、若い頃の話であり、兄の松本幸四郎、弟の中村吉右衛門は供に他の追従を許さないほどに実績をあげたことで、周りも褒めたたえていることから、現在は険悪な関係ではないと思われていた。

 

松本幸四郎の家系図に見られる兄弟仲の複雑な確執

ところが近年(2013年)にある出来事が浮上して、兄弟仲の確執が取りだたされる。

 

高麗屋の松本幸四郎は弟の中村吉右衛門の播磨屋と別に、音羽屋の尾上菊五郎とも因縁のある中であった。

 

そんな尾上菊五郎の跡取り、尾上菊之助は2013年に中村吉右衛門の四女である波野瓔子と結婚。

 

ところが時を同じくして、松本幸四郎の息子の市川染五郎は、兼ねてより尾上菊五郎の娘である女優の寺島しのぶと交際していたが、この交際中に一般の資産家の娘との婚約を突然、発表してしまったという。

 

これに対して、尾上菊五郎の怒りが大爆発して、彼らの結婚式には音羽屋は出席を見送ったという。

 

長年、高麗屋に後れを取っていた播磨屋と音羽屋が、子供の結婚が切欠で高麗屋を凌ぐことになったと見てもいい。

 

そんな背景が歌舞伎界ではあったようで、一部は松本幸四郎親子に対して、中村吉右衛門と尾上菊五郎の2人が仕掛けたおよそ計り知るには難しい意趣返し(仕返し)があったと言われている。

 

噂ではあるにせよ歌舞伎界というのは一門同士で、凄まじく複雑な姻戚関係(血の繋がりがない親戚関係の意)を結び、さながらそれは戦国時代の政略結婚に近いものがあったりする。

 

だからこそ、何か不利益が生じる出来事があると、廻り巡っての確執や因縁に繋がってしまうのである。

 

だからこそ、多くの人間たちにとってはミステリアスな魅力を放っていると言っても過言ではないのだが・・・。

 

おわりに

9代目・松本幸四郎は前述した経緯もあって、現在も兄弟仲が険悪であると噂がある一方で、その名前も息子の市川染五郎に2018年には託すことに。

 

由緒ある家系図がある家に生まれたが故の悲劇というのも、歌舞伎役者にとっては魅力的なようにもうつってしまうが、まあ、複雑ですね。。

 

一般人の我々には到底、理解しがたい習わしや生活様式が、そこにはあって、生まれた時から既に予め未来が決まってしまっているという歌舞伎界。

 

人間模様などを紐解いてみると、この現代においても戦国時代のようなしきたりや、因果が根強く残っているという様にも見えるが。

 

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