ジョン・ヒンクリー Jrという人間を知っている人は、かなりの事件通でしょうね。
ロナルド・レーガン大統領を襲った彼は、その後は精神障害で無罪になるという極めて特殊なケースの主人公となりました。
そんな彼の現在とその後の人生を大胆に予想してみようと思います。
ジョン・ヒンクリー Jr 【レーガンを撃った男】
1981年3月30日、当時のアメリカ大統領・ロナルド・レーガンが銃弾に倒れました。
幸い命には別状はありませんでしたが、SPや関係者に犠牲が出るという痛ましい事件です。
その場で取り押さえられた犯人はジョン・ヒンクリーJrであり、当時、26歳でした。
レーガンを撃った動機は女優・ジョディ・フォスター?
この事件の動機は、あまりにも奇妙で不可解なものです。
名作と名高いロバート・デ・二ーロ主演の【タクシー・ドライバー】に出演していた女優・ジョディ・フォスターに恋したヒンクリー。
彼はジョディ・フォスターを好きなあまりに執拗なストーカーへ変貌します。
ヒンクリーは度重なるラブレターを書いて送ったり、電話でのラブコールを、ジョディ・フォスターにしましたが、彼女に届くことはありませんでした。
何とか彼女の気を引こうとした彼が企てたのがアメリカ合衆国の大統領の暗殺です。
『歴史上の人物として、フォスターと同等の立場になる為に。』
こんな思いを抱きながら、大統領襲撃計画を実行したのです。
ジョン・ヒンクリーJrの現在は?
ジョン・ヒンクリーJrはレーガン大統領襲撃の犯人であり、その模様はテレビ映像にも捉えられていたのですが、精神障害を理由に無罪となります。
その後は精神病院に入院し、35年間もの月日を病院で過ごしていました。
今年、7月に退院を許されて、現在は86歳になる母親のジョアン・ヒンクリーさんとヴァージニア州のウイリアムズバーグで二人で暮らしているそうです。
ジョン・ヒンクリーJrの退院許諾の案は、以前から出ていたのですが、頑なにそれを拒否していたのが、ロナルド・レーガン財団の面々でした。
ですが、今年に入り、ようやく連邦裁判所が、ジョン・ヒンクリーJrの退院を認めました。
ヒンクリーが自分を含めて他人にも危害を加える可能性は無いと判断したからです。
それにより、裁判所は入院していたワシントンD.Cにあるセント・エリザベス精神病院からの退院を許したのです。
その後のジョン・ヒンクリーJrはどうなる?
現在、地元マスコミやウォッチャーがジョン・ヒンクリーJrの日常を探るべくアクションを起こしているようです。
彼が散歩している様子などを撮影したりしてWebサイトにアップロードしていたりしています。
今のヒンクリーは35年ぶりに病院から社会に出て、適応する為にあらゆる学びと母のジョアンさんに尽くす形で生活しています。
これは当分、このままでしょう。
しかし、いずれは彼は何故、自分が35年前にレーガン大統領を襲ったのかの手記を書くのではないかと感じます。
日本でもたまに元犯罪者が告白手記を書いて、発刊するといったことがありますが、アメリカは特にこうした元犯罪者のブランディングは盛んな傾向があります。
彼が病院から退院した時に、すでに数社の出版社からオファーはあったかも知れませんけどね。
今の彼は厳しい条件付きで生活しているようですが、いずれはもっと自由になるでしょう。
そんな時は自分の過去を曝け出して、彼にしか分からなかった内情などが、我々の知るところになるのではないのか?と感じます。