市川猿之助と香川照之の関係と左腕骨折の概要とは?

市川猿之助が左腕骨折の重傷を負ったことが話題であるが、何とも不運なアクシデントに見舞われたものである。

 

そんな市川猿之助だが、兼ねてより香川照之との関係が話題にものぼっているのだが、なかなかそれは興味深い事実があったりするのだ。

 

ここでは市川猿之助と香川照之の関係を紐解くとともに、左腕骨折の原因は何にあったのかをまとめてみよう。

 

市川猿之助について


【名前】 市川猿之助(いちかわさるのすけ)

【本名】 喜熨斗孝彦(きのしたかひこ)

【生年月日】 1975年11月26日

【星座】 いて座

【年齢】 41歳

【出身地】 東京都

【血液型】 O型

【学歴】 慶応義塾大学文学部

【屋号】 澤瀉屋(おもだかや)

【所属】 ケイファクトリー

【デビュー】 1980年

 

市川猿之助は四代目であり、父親は歌舞伎役者の四代目市川段四郎。

 

5歳のころに既に歌舞伎役者としてデビューしており、1985年、10歳の頃には既に宙乗りをこなしており、当時の最年少宙乗り記録を現した。

 

2003年に父と供に猿之助一座から離脱するも、2012年に四代目市川猿之助を襲名。

 

2007年には大河ドラマ【風林火山】でテレビドラマデビューも果たしており、以降は、映画や時代劇など幅広く活動をしている。

 

市川猿之助と香川照之の関係とは?


画像引用:Twitter

市川猿之助と香川照之は兼ねてより、顔が似ていると評判であるが、それもそのはず。

 

何故ならば血縁関係にあるわけであるからだ。

 

関係としては従兄弟にあたり、父の四代目段四郎の弟である二代目猿翁の息子が香川照之である。

 

香川照之の方が10歳年上であるが、歌舞伎界の確執の問題で、以前には不仲説も浮上していた。

 

だが、2011年ごろに和解しているという女性週刊誌の情報があり、現在の関係は決して険悪なものではないようだ。

そして、香川の父・市川猿之助(71)の一番弟子、市川右近(47)だ。香川の歌舞伎界入りも大きなニュースだったが、それ以上に話題を呼んだのが、45年間絶縁状態だった香川と猿之助が“和解”を果たしたことだった。

香川にしてみれば、自分の息子を歌舞伎役者にし、いずれは父の“猿之助”の名を継がせたいという強い思いからの決断だったに違いない。こんな父子の復縁を複雑な胸中で見つめていたのが、他ならぬ右近だった。梨園関係者はこう話す。

「香川さんがいくら人気俳優だからといって、歌舞伎は未経験。それなのに澤瀉屋(おもだかや)でも格の高い名跡である中車を継いだ。お弟子さんたちは、猿之助さんが決めたことが“絶対”ですから、決して口を出すことはありませんが、快くは思ってはいなかったはずです」

弟子たちの中でも、右近は猿之助の“後継者”といわれていただけに、その思いはなおさらだろう。日本舞踊の家元の長男として生まれた右近だったが、小学3年生のときに見た猿之助のファンタジックな演技に魅了され、11才で猿之助の第1号の部屋子に。以来、公私ともに猿之助のもとで学び続けた。

2003年、猿之助が脳梗塞で倒れたとき、澤瀉屋を支えたのは右近だった。

「猿之助さんの役を、代わりに演じ続けたのが右近さんでした。猿之助さん不在でスーパー歌舞伎のチケットもあまり売れなくなり、観客動員も減ってしまいました。そんなときでも、当時まだ存命だった(藤間)紫さんとともに一門をまとめ上げ、盛り立ててきたのが右近さんだったんです。その姿を紫さんは見てきただけに、生前、“右近さんを芸養子にして猿之助を継がせたい”と話していたそうです」(前出・梨園関係者)

右近はあるインタビューでこんなことを語っている。

<市川猿之助が創ったものが、五〇年、一〇〇年と続いていったときに、師匠が創造された「スーパー歌舞伎」や古典作品というものの価値が見いだされるし、創始者としての猿之助の名前が歴史に刻まれる。だから、僕らがやらなければいけないことは、師匠の名をいかに「歌舞伎年表」に遺すかということでもある>

その言葉どおり、猿之助のために人生を捧げてきた右近。なのに最後の最後に“やっぱり血を優先する”となったら、その落胆は大きく、香川への思いも複雑だったはずだ。

そんな右近の気持ちを察したのか、香川が計画したのが、右近たち澤瀉屋一門約20人を招いての食事会だった。

引用:女性セブンより

今回の市川猿之助の左腕骨折の事故を香川照之はどう捉えているのだろうか?

 

市川猿之助の左腕骨折は何故、起きたのか?


市川猿之助と言えば、何はともあれ注目をされるのは宙乗りである。

 

今回の公演でもそれはいかんなく披露されたわけだが、実際にそれが原因ではなく公演終了後のカーテンコール上にて。

 

役者たちの花道にあるセリと呼ばれる舞台上と舞台下に昇降する装置に、市川猿之助が着用していた衣装が挟まれてしまったのだという。

 

衣装が挟まれた状態でどんどん自身の身体が食い込んでいくというのは、想像するだけでも痛々しいが、それが市川猿之助に起きた事故の概要であった。

 

市川猿之助の左腕骨折の事故によるネットの反応

事故によるファンや関心のあるネットユーザーの反応を取り上げてみよう。

・腕の骨折で済んで良かったかもしれない 衣装が絡まった場所次第では首が締まって死んでる

・【昇降装置】恐ろしいな。骨折って公演続けられるの?

・ちょこちょこ舞台装置関連の事故が起きてるけど、なんとかならないのかね

・そもそも今回のワンピース公演が結構な装着や仕掛けが多かっただろうから、今後の公演にも影響が出ますね。

・一見華やかだが、実際は俳優は代えの利かない肉体労働という事を痛感させられる

・左腕骨折って、重傷でヤバいやんと思ったけど、状況考えたら、まだマシだったのかもね。

・機械に巻き込まれると人間は簡単に死ねます。腕を持ってかれなかっただけ不幸中の幸いだったかもしれません

ネットの反応をみても、不幸中の幸いという反応が多数である。

 

かつて宝塚歌劇団の香月弘美が、やはり舞台のセリに巻き込まれて、壮絶な最期を遂げている類似事故がある。

 

一歩間違えば、そうなっていた可能性もある。

 

想像するだけでも肝が潰れてしまいそうな事故であったといえる。

 

おわりに

市川猿之助と香川照之の関係を紐解くとともに、左腕骨折の事故の概要をまとめてみた。

 

現在、公演中の舞台は一か月以上、予定されているものだが、左腕骨折をしているならば、とても続けることはかなわないだろう。

 

代役などが果たしてこうした歌舞伎に適用されるのかどうかに、疑問が集まるところだが、続報を待つしか無さそうである。

 

何はともあれ、命に別状が無かったことは、本当に不幸中の幸いであり、早くに復帰して欲しいものである。

 

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