欲望は悪いことではないが火種になる

『欲望』が悪いことであるというのは、特定の宗教上の価値観によって定められたものである。

実際には人間の本質である欲望が無ければ、生きていくことは出来ないと言っても過言ではない。

それでは、何故、欲望が悪いことであるのか?という理屈が、この数百年の間に人間社会に浸透してしまったのであろうか?

 

欲望が悪いことであるという理由

万物の生物には『欲望』という二文字が必ず存在している。

言語を操れない様々な動物にも、欲望はある。

代表的なのは食欲であり、アフリカのサバンナでは、この欲望を満たす動物たちとの間で、弱肉強食が今、この瞬間、行われている。

 

人間が生態系の頂点に君臨してからというもの、個人のあらゆる欲望というのが、様々なものを生み出してきたと言える。

前述した食欲というものは、人間にとって切っても切り離せないものであり、かつて人類にとって最大の敵というのは『飢餓』であった。

だが、そんな欲望を満足に滞りなく満たすために、この40年間の間で事実上、人類は飢餓に打ち勝った。

全世界において現在でも飢餓に苦しむ者はいるのだが、先進国それぞれが一日に生み出せる食物エネルギーは、全人口の一日の消費カロリーを上回っているからだ。

こういった人が現在を生きる上で欠かせない欲望を満たす、様々なモノを生産するのには『資源』が必要である。

その『資源』を得る為に、人類は長い歴史の中で様々な争いを生み出してきた。

争いによって、多くの犠牲者を出して、多くの悲劇を生んだ。

 

実際には過剰なまでの欲望が根底にあったわけで、そういった悲劇を繰り返さない為に、『欲望は悪いこと』という認識が広まっていったに他ならない。

欲望があるからこそ、人は進化成長を遂げてきたが、それによって多くの悲劇を生んできたのは間違いない事実である。

 

欲望が悪いことではない事例

とにかく従来の考え方しか持ち合わせない所謂、普通の人というのはネガティブな考え方をする傾向が強い。

しかし、ここではそんな欲望が悪いことではなく、良いことに繋がった一つの例を挙げてみよう。

 

かつて人は空を飛ぶことに憧れた。

大空を自由に颯爽と飛びながら優雅に舞う鳥を見て、同じようになりたいと願った少数派の人間がいた。

 

あんな小さな動物が空を飛べるのだから・・・

と、思った人間は両腕に自家製の翼を作って装着して、崖から飛び降りて飛ぶことを試みた。

自分の命を賭けてまでも、空を飛びたいという欲望に駆られたからなのだ。

そうした現在の感覚で言えば『無知』以外の何物でもない愚行だが、人間が空を飛べることを可能にした者がいた。

 

そう・・・ライト兄弟である。

現在から約120年前についに人間の欲望の一つであった『空を舞う』ということを具現化したのだった。

後にライト兄弟の影響を受けて、彼らの欲望が他者に受け継がれて、より効率よく大人数での空を飛ぶということが可能になった。

 

正に欲望こそが人類を飛躍的に進化させた要因となりえる一つの事例であると言えよう。

 

欲望が悪いことである事例も・・・

話を現代に戻そう。

 

現代は様々な人、物、情報に満ち溢れている。

特に先進国であり、世界で一番、安全な国である日本は、他の国と比べると充分すぎるくらいに満たされていると言えよう。

 

しかし、そんな日本においても、欲望そのものが満たされることはない。

一つの欲望が満たされたら、それは肥大化していくのが人の本能に組み込まれているのだ。

 

実際に毎日の様に誰かが誰かに犠牲を強いる様々な事案は、枚挙に暇がない。

それはテレビやインターネット上のニュースを見れば、一目瞭然である。

多くの場合は現代人特有の後天的に出来た欲望である『金欲』に根差したことである。

 

何かの事件で犯行動機は一体、何だったのか?という答えの多くは、大概は『金』であることが多い。

特にそれは諸外国よりも裕福で平和な日本であっても例外ではない。

 

人は一度満たされても、満足することなく、更に多くを求めるようになるからだ。

日本の様な平和で治安がよく、社会も整っている土壌であっても、争いの火種が無くならない。

諸外国はより欲望に満ち溢れているのは明白だ。

些細な欲望の為に、本来ならば争う必要のない関係の人間とも、個々の人間が持つ強力な欲望の為に戦い続けているわけだ。

 

欲望は人に進化を促す人間の強力な本能に根差した情動である。

しかし、それはそれと同じくらいの強さで、自我欲を生み出してそれを完遂する為に、同じ欲望という情動をもつ同類に攻撃をしかけて争いを生むということだ。

 

おわりに

『欲望は悪いこと』という一部の世界で定義されている言葉に対しての両極端な側面を紐解いてみた。

欲望そのものの付き合い方と、解釈の仕方によって、それを持つ人間の人生というものが変わってくる。

あくまで欲望を悪いことにするか、逆に良いことにするかどうか?と、いうのは、個人の主観と価値観に委ねられている。

しかし、欲望との向き合い方などを明確にして、それを多くの人間に知らしめなければ、今後も世界から争いを無くすことは絶対に出来ない。

 

欲望を持つのは良いことでもあるが、その欲望が同類である他人を犠牲にしなければ満たせないという類の欲望なのであれば、結局のところ姿形が変わったところで、数千年前とやっていることが変わらないという皮肉な状態を容認してしまっていると言えなくもないのだ。

 

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