義家弘介が現在、問題視されている加計学園問題で注目を浴びている政治家だ。
過去に度々、メディアに登場しており、ヤンキー先生として親しまれ、教育者としての立場から政治の世界に移った男だ。
だからなのか、胡散臭い政治家として挙げられているが、過去の画像と供に迫ってみよう。
義家弘介について
教師あがりなのに漢字が読めないんだ。驚いた。自民党政治家の劣化、はなはだし。RT @yzjps: 【義家弘介「びんせん!」疑惑いただきましたよ!これはリツイート!】
べんぎ<便宜>を「びんせん」と読んだ疑い濃厚←ほぼ確定 (汗)pic.twitter.com/aZGbHa3VaF— 岩上安身 (@iwakamiyasumi) 2017年5月26日
【名前】 義家弘介(よしいえひろゆき)
【生年月日】 1971年3月31日
【星座】 おひつじ座
【年齢】 46歳
【出身地】 長野県長野市
【血液型】 O型
【学歴】 明治学院大学法学部
【所属】 自由民主党
【活動】 2007年
義家弘介は一時期、メディアでも取り上げられていた様に、札付きのワルであった。
高校2年生の頃に暴行事件を起こして退学になり、両親にも勘当され児童相談所に送られる。
その後、別の高校に編入し、勉学に勤しみ明治大学に入学。
明治大学卒業後は、塾講師として働き、母校である北西学園高等学校の教師となった。
この頃にメディアに【ヤンキー先生】と取り上げられて、後にドラマのモデルにもなるほどに注目を集めた。
広まった認知度を活かして、政界に進出し、2007年7月に初当選を果たした。
2012年には第2次安倍内閣で文武科学大臣政務官に就任。
1年せずに退任となるも、2014年には再び復活当選を果たして、2015年10月には第3次安倍内閣で文部科学副大臣に就任している。
義家弘介が胡散臭いと言われる理由
義家弘介が胡散臭いと言われる理由は、兎にも角にも昔の不良時代のエピソードが関係している。
高校を中退した理由が、暴行事件を起こしたからであるが、その内容が卑劣極まりないのだ。
交際していた同級生の女子が担任教師に叱られたことの腹いせに、その教師の頭に火をつけたと言うのだから驚きだ。
その後に政界に進出して、現在は文武科学大臣に就任しているということだから、義家弘介が歩んできた道程を知らない者からすれば、胡散臭いと言われても仕方がないだろう。
義家弘介のヤンキー時代の画像がヤバすぎる!
義家弘介文科副大臣
➡️ヤンキー先生
➡️ヤンキー
この人本当に反省しているのかね〜
正義の味方になっていると思えないんだけど pic.twitter.com/O9puEqTFPd— 景行タケル (@korekara1192) 2017年5月28日
上記の義家弘介が不良だったころの写真画像を見れば、どれだけワルだったかは一目瞭然だ。
しかし、親に絶縁されて里親の元に身を寄せてから、一念発起して勉学に励み更生したその根性は認めざる得ない。
その後、社会貢献として、自身がヤンキーであったことを活かして、不良少年の更生を率先して行うことを使命としたのだ。
そんな波乱万丈な生き方は、テレビをも動かして、今は教育者よりも更に高みから日本の教育の在り方を一新しようとしている様子。
一人の男の生き様としては、非常に素晴らしいものであるのではなかろうか?
おわりに
義家弘介のヤンキー時代の悪行で最もインパクトの強いエピソードを取り上げた。
若い頃の写真画像などは、とても今の義家弘介からは想像もつかない位の衝撃を醸し出している。
胡散臭いという意見も未だに拭い去れていないようだが、その内面は怪物的な純粋さがあったから故の事なのではないか?
だからこそ、これだけ波乱万丈な生き方が出来ると言えなくもない。