神奈川県横浜市立上の宮中学校の田井哲彦(たいてつひこ)が懲戒免職になるという事態が波紋を呼んでいる。
女子バレーボール部の顧問だった田井哲彦は教え子の女子部員に対して、傍若無人な行為を及んでいたという。
田井哲彦が果たしてどの様な行為に及んでいたのかを見ていこう。
上の宮中学校・田井哲彦
田井哲彦の明らかになっている経歴としては以下の通り。
・横浜市立万騎が原中学校
・横浜市立青葉台中学校
・横浜市立上の宮中学校
上の宮中学校の教諭となって3年程になると思われる。
保健体育を受け持ち、女子バレーボール顧問を担当していたが、バレーボール部内で教え子に暴力やセクハラ行為に及んでいたという報道が目立つ。
田井哲彦が女子バレーボール部員にしていた行為
上の宮中学校の女子バレーボール部員は26人ほどおり、その生徒すべてに対して体罰をし、罵声を浴びせていた。
挙句の果てには教え子に対して、破廉恥な行為もしていたという。
女子部員の髪の毛を掴みながら引き倒したり、パンチをしたり、ボールを顔面にぶつけて怪我を負わせていたという。
そして、女子部員の身体を触るなどのセクハラと見られても仕方が無い行為も及んでいたと伝えられている。
体育会系の指導には時に体罰とも思える行為が必要な場合もあったりするのは仕方が無い時はあったりするが、教え子に対して触るなどの行為は断じて許すことは出来ないと感じる。
が、しかし、田井哲彦の懲戒免職とセクハラ報道に対して、疑問を投げかける反応もあったりする。
田井哲彦の報道は果たして真実なのか?
田井哲彦は横浜市教育委員会の詰問に対して、指導の一環だったと話しており、生徒や保護者に対しての謝罪は無かったそうだ。
つまり、これは自分の教育指導方針に間違いは無かったと、田井哲彦本人は感じているのだろう。
以前に教諭を務めていた青葉台中学校でも部員に対しての過度な指導方法により、注意を受けていた過去もあり、その指導方針が体罰といえるものがあったというのは誰が見ても分かるものだったに違いない。
また、青葉台中学校以前にいた騎が原中学校の時は、教え子に手を出してデキ婚したという掲示板の書き込みもあったりした。
しかし、田井哲彦の厳しい指導を耐えきった生徒の中には、バレーを好きになった生徒も沢山いるという証言もあったりする。
報道がオーバーにはやし立てたり、ありもしない不確定な情報を真実かの様に流しているという声も上がっているのも事実。
田井哲彦がデキ婚したということも、でっち上げであるという反論もあったりする。
デキ婚したというのは、どうも薄い内容すぎて信じるに値しないわけだが、正直、結婚したのであれば例え百歩譲って真実だったとしても、責任はとっていると感じる。
上の宮中学校・田井哲彦のまとめ
報道が伝えていることが例え過剰なものだったとしても、体罰といえる行為に及んだことは事実である。
それは本人が体罰としてやったつもりではなくても、結果的に教え子は怪我をしているわけだ。
が、セクハラ行為をしていたとか、教え子に子供を身篭らせたというのは、非常に信憑性が薄い様な感がある。
そして、以前の中学校でも行き過ぎた指導により、市教委から厳重注意を受けていたのにも関わらずに、再び同じことをしてしまうというのは、生徒のことも自分自身のことも本気で考えていなかったと思われても仕方が無い。
ただ、バレーボールを指導する熱血教師という側面があったことは間違いないと感じる。
昭和の時代であれば、田井哲彦の様なスパルタ指導も理にかなっていたのかも知れないが、時代に合わなかったということだろうか・・・。