林真須美は1998年に発生した忌まわしき事件【和歌山毒物カレー事件】の犯人。
現在は死刑判決を受けながらも再審請求をしているが、林真須美の子供である長男がテレビに登場。
その生い立ちは壮絶なものであったことを赤裸々に語っているのだが・・・。
林真須美について
林真須美は三人兄妹の末っ子として、片田舎の小さな漁村で生まれた。
両親は真面目で実直に仕事に勤しんでいた為に、経済的には比較的に裕福な家庭で育った。
小学校や中学校の林真須美をよく知る人物たちの証言によると、恥ずかしがり屋な反面、非常に負けず嫌いな女の子であったそうだ。
普段は明るい表情を見せて友達もいたが、精神的に負荷がかかると、周囲がドン引きするくらいのヒステリックな一面を見せたという。
高校卒業後に看護学校に入学し、19歳の頃、歳上の会社社長と知り合い、不倫関係に。
当時は看護学校の寮に入っていた林真須美は、その生活ぶりに嫌気がさしており、自由を求めていたという。
そんな負荷のかかった生活から、高価なプレゼントをしてくれる歳上の不倫相手の男性は白馬の王子に見えたのだろう。
1983年、不倫相手の会社社長は離婚をした後、林真須美と結婚。
結婚した翌年の1984年には新築の一戸建てを購入し、子供にも恵まれた。
1995年に林真須美の母親が急性白血病で他界し、保険金1億4000万円を手にする。
これがその後の事件の切欠になったのだろうか?
1998年3月に知り合いに保険金目当てで、ヒ素の入ったうどんを食べさせる。
同年、1998年7月25日に例の和歌山毒物カレー事件を起こして、4人の命を奪い、63人をヒ素中毒に陥れたのだ。
逮捕はすぐにされ、長い裁判の末、2009年12月に死刑判決を受けて、現在は再審請求をしている。
林真須美の子供
林真須美には4人の子供がおり、娘が3人で息子が1人。
林真須美とその旦那が事件を起こしたことで、逮捕された。
子供は施設に入ることになり、日本を戦慄に陥れた林真須美の子供として、非常に不幸と不自由をしいれられる生活を歩まなければならなかった。
それは施設に入ってから、特に子供の身に降りかかることになる。
林真須美の子供の生い立ちが悲惨・・・
林真須美の子供である長男が後に語った生い立ちは非常に過酷だ。
施設に預けられた息子の長男は何と施設内で性的虐待を受け続けていたという。
2003年2月に施設内の室内で密かに女性職員が林真須美の息子に関係を迫った。
息子は嫌がっていたが、あの林真須美の子供であるという弱みがあったので、女性職員の虐待に反抗できなかったという。
そんな過酷で酷い性的関係は息子が2005年3月まで続いた。
高校2年生の終わりに、姉に性的虐待を受け続けていたことを相談したことで、ようやく発覚となった。
女性職員は2002年1月に施設に採用された20代の非常勤職員。
和歌山県は林真須美の子供に対して性的虐待を行った問題を重く受け止めて、この女子職員の資格を抹消。
施設側もこの女性職員を懲戒解雇にしたのだ。
おわりに
林真須美の子供が現在、メディアの前で死刑囚の息子ということで、酷い人生を背負ってきた生い立ちを語っている。
そもそも自由を手に入れたかった林真須美が、それを掴む為に行ったことは、結果的に紛れもなく自由から遠ざかる行為であった。
金に翻弄された人生をおくり、自身の子供にも非常に過酷な人生を間接的に与えてしまったことは悲劇以外の何物でもない。
金と自由は誰もが絶対に掴みたいモノであるが、それと同時に人を怪物に変えてしまうほどの魔力を持っていることが、林真須美の現在に至るまでを紐解くと如実に分かるのだ。