芸能リポーターの武藤まき子が死去したという訃報が話題だ。
広島出身の芸能リポーターで、現在は【とくダネ!】で活躍していたが、急死。
独身と思われていた武藤まき子だが、実際には夫と長女の娘に看取られての最期だったという。
武藤まき子について
武藤まき子は1945年11月30日に山梨県で生まれた。
本名は武藤満貴子といい、武藤まき子は通名である。
青山学院大学を経て、中国放送に入社後はアナウンサーとして活動していたが、夫と結婚し、長女をもうけたのを機に退社。
退社後はフリーとなり、フジテレビと専属契約を交わして、芸能リポーターと転身した。
現在は【とくダネ!】でおまきさんと言われる名物リポーターとして知られており、度々、失言などで注目を浴びていた。
武藤まき子の死去と死因
武藤まき子の突然の急死報道だが、12月5日の朝に体調不良を訴えたのち、意識を失った武藤まき子はそのまま病院に搬送。
そして、そのまま死去したそうであり、その場には夫と長女がおり、その最期を看取ったという。
死因は虚血性心不全であり、11月30日には71歳の誕生日を迎えていた矢先の訃報ということで、親族ならびに関係者は動揺を隠せない事だろう。
武藤まき子の失言と暴走の数々
広島ではアナウンサーだった武藤まき子だが、芸能リポーター転身後は、失言が多いことでも知られている。
以前に小室哲哉とKEIKOが離婚しているとテレビで発言したり、市川團十郎の密葬の際には、無理矢理、写真を撮りに行こうとし、松竹側から激怒された。
また、故・森光子の記者会見の時には、芸能リポーターの立場を忘れたかのような、友達感覚のインタビューが周囲をドン引きさせたのは、有名だ。
小林麻央と市川海老蔵の婚約会見でも、顰蹙(ひんしゅく)を浴びる暴走をしたりと、お騒がせな芸能リポーターとしても知られていた。
おわりに
武藤まき子の情報を調べていくと、独身という言葉があったわけだが、独身はおろか、結婚を機に広島から東京に移り住んでいる。
アナウンサーから芸能リポーターに転身した後は、天職に恵まれたかの様な形で、数々の話題と供に、自身をも印象付けた。
突然の急死と、死因の虚血性心不全というものには驚かされたが、過去には【不定愁訴症候群】という心因性の病にもかかっていたという。
天職の様に、楽しんでリポーターを続けていた様に思える彼女だが、やはり心労や歳による身体の衰えには抗えなかったということだろう。
芸能リポーターとして、大御所の位置にいた武藤まき子のご冥福をお祈りしたい。