白石康次郎の嫁は元女子アナであるという。
また白石康次郎には体罰という言葉もセットになっているようだが、果たしてそれは何故なのか?
現在、世界一過酷なヨットレースに出場している白石康次郎の嫁と体罰についての考察をしてみよう。
白石康次郎について
白石康次郎とは1967年5月8日に神奈川県鎌倉市で生をうけた。
幼少から船と海に魅せられていた白石康次郎は、神奈川県立三崎水産高等学校に入学。
入学後は日本のヨットマンとして有名な多田雄幸が第一回単独世界一周レースを優勝したことを知り、家に押しかけて弟子入りしたというエピソードがある。
1994年にはついにヨットで白石康次郎は単独世界一周を成功させて、これまでに三度の世界一周を経験している。
白石康次郎の嫁・白石海夕希について
2000年8月、白石康次郎は元テレビ東京の女子アナ・矢玉みゆきと結婚した。
矢玉みゆきは結婚後、白石海夕希という名前に改名し、フリーアナウンサーとしてメディアに登場している。
白石海夕希は1964年1月1日に生まれ、跡見学園女子大学を卒業後に野村証券に入社。
後にテレビ東京のアナウンサーに採用されて、女子アナとしてお茶の間に姿を見せる様になった。
女子アナとして活動している傍ら、気象予報士の資格を得て、1998年10月にフリーアナウンサーになり、現在はセラピストなどをしながら、鎌倉市内に在住。
白石康次郎との間には一人の娘がおり、名前は真未帆(まみほ)という名前だそうだ。
やはり、白石康次郎の影響が強く出ているようだ。
嫁は改名時には海夕希とし、娘の真未帆の【帆】はヨットを連想している。
やはり海が彼らの心情の根本にあることが伺える。
白石康次郎の体罰とは?
白石康次郎はかつてメディアに水産高校時代のエピソードを語っていた。
水産高校時代には教師には何かをやらかすと、すぐに頭を叩かれていたという。
『水産高校での実習では生徒への刺激が必要でした。
例えば僕が危険なことをすると即座にたたかれる。
出刃1本置きっ放しにしただけで、船が傾いたときに人に刺さることもある。
一歩間違えると指1本飛んでしまう場面もある。
「危ないからやめなさい」なんて口で言っている暇はないんです。
水産高校では、普通に教師から頭をぶたれたりしたが、それは教えなくては生き死に関わる事なので、教えなければ“教えない罪”になる。
何度も世界一周をしたが、今でも5本の指がこうしてあるのは、あの時の先生方の教えのおかげで感謝している』
現在、とくに体罰という行為に関しては、問題視されているわけだが、決してそれが悪いというわけではない。
生徒や弟子などに物事を教える時には、確実に教え込むには刺激が必要であり、それが早いのは、何もヨットだけではない。
白石康次郎は教育者の立場として、自らの経験で体罰というものの本当の効果を分かっているのだ。
体罰というものは、現在では悪とみなされるが、一概にはそう言えないのではないだろうか?
この論理に関しては否定は出来ないと感じる。
まとめ
筆者は白石康次郎にお会いした過去があり、印象は何かとっつきにくいと感じていた。
どうもその言動などにはエゴがあったり、思い込みがあったりした気がしたからだ。
が、仕事上、数度お会いにするにつれて、だいぶ気さくでフレンドリーな対応をしていただけるようになった。
とにかく男という生き物を探求しているかのような方であり、現在の男性像とはかけ離れた古い気質の人間だと断言出来る。
海に出れば、即ち命を賭けるということになるわけで、だからこそ、後進への指導に体罰が用いられるのも分かる気がする。
そんな古い昭和の男の様な白石康次郎に嫁の白石海夕希も惹かれて、結婚したのではないだろうか?
是非、フランスの【ヴァンデ・グローブ2016】からは無事に帰還して欲しいものだ。