役所広司は既に
日本の大御所といってもいいくらいの
大物俳優として認知されている。

 

そんな役所広司の息子も
俳優であり橋本一郎として、大河ドラマなどで活躍している。

 

役所広司の嫁の河津左衛子も元は女優であり、
役所広司の先輩にあたる女性であったというのだが・・・。

 

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役所広司について

役所広司は1956年1月1日に長崎県諫早市(いさはやし)で生まれた。

 

本名は橋本広司といい、
長崎県立大村工業高等学校を卒業後に上京して、
千代田区役所にて公務員として働いていた。

 

友人と仲代達也の舞台を見に行き、
感激したことから、彼の主宰する無名塾に入所した。

 

ちなみに芸名の役所広司は、
お役所勤めしていたことに加えて、
役の幅が広がるという意味で仲代達也がつけたものである。

 

無名塾で俳優としての修行をしながら
舞台で芸を磨いて、1980年にテレビデビュー。

 

その後は時代劇ドラマに出演しながら、
映画俳優としても地位を確立し、1990年代にはVシネマでも活躍。

 

無名塾の頃に知り合った女優の河津左衛子と結婚し、
1985年に息子の橋本一郎をもうけている。

 

役所広司の息子・橋本一郎

役所広司の息子である
橋本一郎は1985年10月17日に東京都で生まれた。

 

柔道に勤しみ、成城大学法学部法律学科に
進学した後に、映画研究部に所属。

 

父の役所広司や母の河津左衛子の影響を受けて、
俳優の道に進み、2007年に映画【俺は、君のためにこそ死ににいく】で
デビューを果たした。

 

柔道の古傷に悩まされて
仕事を降板させられそうになるものの、現在は回復し映画出演をメインに活動中。

 

所謂、2世俳優であり、まだ鳴かず飛ばずの状態であるが、
偉大な父をそう簡単には越えられないであろう。

 

まだ独身であり、結婚相手などの情報は
出ていない為に、当然、子供もいない。

 

現在は映画俳優でありながら、
テレビドラマにも度々、起用されており、今後の活躍が期待されている。

 

役所広司の嫁・河津左衛子は無名塾時代の先輩後輩の間柄!

役所広司の嫁である
河津左衛子は1951年10月10日に生まれた。

 

桐朋学園短期大学にて演劇を
学んだ後に仲代達也が主宰を務める無名塾に入所。

 

無名塾入所後に舞台などに出演していたが、
後輩の役所広司と親しくなり、1982年に結婚し、
1985年には息子の橋本一郎をもうけた。

 

その後、1988年に公開された
映画【西遊記】の観世音菩薩を演じた後に、
女優を引退していると思われる。

 

役所広司よりも
5つ歳上の姉さん女房であり、現在の年齢は66歳。

 

2017年には結婚35周年を迎えているが、
過去には結婚式を開いていた様子もなく、
今年の珊瑚婚式などの催しは開かれていない様子。

 

公にしていないだけで、
夫婦や親類だけの状態で行われた可能性が高いが。

 

かつて役所広司は嫁の河津左衛子に対して、
こんなコメントを公に残している。

 

”『勇気を出して・・・ありがとう。君がいてくれたから、今の僕があります。』”
と、2009年に【万年筆ベストコーディネート賞】を
受賞した際の表彰式で発言。

 

役所広司はこのコメントを出す前に
妻への感謝の気持ちを公の場で発言しない古いタイプ”と前置きしていたが、
さすがに愛情を表現せずにはいられないくらいになったのだろう。

 

あまり表には見せないが、
その夫婦仲は35年経った現在でも
非常に良好であることが伺える。

 

おわりに

役所広司の息子である橋本一郎と、
嫁の河津左衛子の詳細をまとめていたが、何とも美しい家族に見える。

 

大御所として役所広司と並び称される俳優は、
熟年不倫などをして批判を浴び続けているが、
どうやら役所広司は嫁を変わらず愛し続けて、
息子を見守っている人格者として揺るぎが無い様だ。

 

日本のベテラン俳優の中でも
群を抜いてダンディである役所広司と
息子の橋本一郎の今後の活躍に是非、一層、注目したい。

 

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