富岡八幡宮で起きた衝撃的な事件の犯人として名前が挙がったのは、何と宮司を務める富岡長子さんの弟である富岡茂永。

 

富岡茂永は過去には前科もあり、現在は定職にも就かずに沸々と恨みを果たす機会を狙っていたという事だ。

 

容疑者も既に命を落としたという事件の顛末であるが・・・。

 

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富岡茂永には前科があった

富岡八幡宮では内部で争いが起きていたのは、前記事でも書いたとおりである。

 

その争いの一つとしては、宮司である姉の富岡長子さんと弟の富岡茂永との間に、おそらく跡目を争う亀裂が生じていたのだ。

 

過去には富岡茂永は富岡長子さんに対して脅迫行為を行っており、それにより逮捕されている前科がある。

警視庁深川署は25日、東京都江東区の富岡八幡宮の前宮司で、 自称個人投資家の富岡茂永容疑者(44)(台東区東上野5)を 脅迫の疑いで逮捕した。

調べによると、富岡容疑者は江東区内の姉(46)に対し、宮司を 退職したことなどをめぐって、「今年中に決着をつける。覚悟しておけ」 「昔年のうらみ。地獄へ送る」などと書いたはがき2枚を送りつけて脅迫した疑い。
消印は今月1日と4日付けだった。

富岡容疑者は容疑を認めているという。

富岡容疑者は父親の跡を継いで宮司になったが、2001年5月に辞めていた。
脅迫された姉を含め、富岡八幡宮を運営する親族のもとには、数年前から 差出人不明の脅迫文が送りつけられており、同署で関連を調べている。

引用:読売新聞より

最初に富岡八幡宮の宮司は犯人の富岡茂永であったようだが、適任では無かったようであり、長女の富岡長子さんに変わったということであろう。

 

富岡茂永が富岡八幡宮の問題を引き起こしていたのか?

富岡八幡宮は日本の神社を統べる東京の神社本庁から2017年に離脱している。

 

その理由は富岡八幡宮の先代宮司であり、富岡茂永の父親が跡目と富岡八幡宮の借地権を富岡長子さんと妹に相続させたためだ。

 

その際、神社本庁に再三、富岡八幡宮は正式に宮司の座を富岡長子さんが受け継ぐことを申し入れたが、神社本庁はこれを拒否。

 

富岡長子さんは父親の後をついで、代理として富岡八幡宮の宮司に就いていたわけだが、7年もの間、神社本庁に受け容れられなかった為に、離脱したのだった。

 

神社本庁はメディアの取材にはこれに対しては取材を拒否しているものの、富岡八幡宮の関係者は”『(神社本庁からの離脱は)直接的な理由は、富岡八幡宮の宮司人事について、責任役員会の具申を本庁が無視し続けてきたため』”と明かしている。

 

本来、日本有数の神社のトップを6年以上も代理人が務めるというのは、これまで全く無かったことであった。

 

かつては富岡茂永が宮司として富岡八幡宮のトップであったことなども、こうした神社本庁の態度に出ていたのかも知れないが・・・。

富岡茂永は姉の富岡長子さんとさし違えて・・・

富岡茂永は2001年に受け継いだ宮司を辞めていたわけであるが、それから16年間の間、受け継いだ富岡長子さんを恨み続けていたということか。

 

富岡八幡宮で起きた事件では自身が交際していた女性をも手にかけている。

 

要するにこれは恨み続けた姉の富岡長子さんの命を奪い、その後、自分自身の恋人も手にかけていることから、無理心中に近い事件であったことが伺える。

 

しかし、普通に考えれば長男が伝統に沿って誉れ高い神社の宮司に就くことは、誰も異存はなかったはずである。

 

だが、それを外されたということは、余程、私生活などが宮司という神聖な立場にそぐわないものがあったということである。

 

父親である先代の宮司がそれを見て、宮司から外したことで、骨肉の争いがはじまったということであれば、皮肉な話であるといえる。

 

おわりに

富岡茂永は現在は無職であり、住所も不定であったということが明らかになっている。

 

伝統のある富岡八幡宮の宮司の家から、どうやら追い出された男であることが伺えるわけであるが、それは実際には自分の素行などが原因ではなかったのだろうか?

 

そして本来ならば自分が就いているはずの宮司の職に姉が就いていたことに逆恨みをして、ありとあらゆる嫌がらせをこれまで行っていたということに他ならない。

 

どの世界にも非常に醜い争いがあるというのは、理解は出来るものの、大事な本質的なところはそこではないということに何故、気づかなかったのかということが悔やまれる。

 

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