宮崎勤死刑囚に刑執行は今から9年前の2008年に行われた。

 

あまりにも常軌を逸していた宮崎勤が起こした東京埼玉連続幼女誘拐事件。

 

猟奇的事件を引き起こす犯人の生い立ちは、大抵、悲惨極まりないことがおおい。

 

しかし、宮崎勤の生い立ちは、悲惨どころか非常に恵まれていたのである。

 

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宮崎勤死刑囚に刑執行!

画像引用:Livedoorより

宮崎勤は既にこの世にはいない。

 

2008年6月17日の午前に東京拘置所にて死刑が執行されているからである。

 

死刑が確定したのは2006年1月17日であり、僅か2年4ヶ月後に宮崎勤死刑囚に刑執行されたという早さであった。

 

実は宮崎勤の犯行動機は不明のままであり、精神鑑定も継続中の中で刑執行は行われていたのだ。

 

実際に死刑囚が死刑執行までにかかる期間は過去のデータから算出すると約8年の月日がある。

 

当時の法務大臣は鳩山邦夫であり、これがこのスピード執行に影響を与えていたという見方もあるようだ。

 

宮崎勤死刑囚の生い立ちとは?

宮崎勤は1962年8月21日に東京都西多摩郡五日市町にて生誕。

 

父親は地元の新聞社を経営しており、母親も仕事に出ていた為に、宮崎勤は祖父と親が雇った住み込みの青年に育てられた。

 

先天性の手首の障害があり、幼稚園に入園してからは、この障害のせいでお遊戯などが他の子供と同じ様に行えずに、周囲からからかわれていたという。

 

小学校に上がってからは成績は優秀であり、既に英語を学んでいる秀才であった。

 

更に怪獣が好きであり、同級生から博士と呼ばれる程に勉強以外の趣味でもその記憶力は優れていた。

 

中学校に入ってからは陸上部に所属し、空手なども勤しむスポーツマンであったが、3年生の頃には将棋部に移り、没頭したという。

 

この頃から非常に負けず嫌いな性格となり、相手に勝つまで勝負を捨てることをしなかったという。

 

小中と勉強が出来ることで評判だった宮崎勤であったが、明治大学付属中野高等学校に進学した後は、成績は下降の一途を辿った。

 

英語教師になることを夢見ていたものの、希望していた明治大学を狙うほどの成績に達することが出来ずに挫折する。

 

結局、東京工芸大学短期大学部に進学することになったが、この頃はパズル(クロスワード)にはまり、その腕はプロ並みであったという。

 

 

また、俳優の川崎麻世と同級生であったという。

 

短大卒業後は叔父の紹介で印刷会社に就職して、オペレーターとして働いたが、その勤務態度は劣悪であり、周囲からの評判も悪かった。

 

この頃の宮崎勤は内向的で暗く影が薄い印象であり、周りとのコミュニケーションがとれなかったという。

 

印刷会社に勤めて3年後に神奈川県への転勤をすすめられた宮崎勤はこれを断った為に、実質的には解雇されている。(自己都合退職となっている)

 

退職してからは自宅に引きこもりがちになり、アニメの同人誌などを発行するも、オタク仲間からは嫌われていた。

 

ビデオマニアのサークルにも入り、会員同士で録画したアニメや特撮のビデオをダビングし合って交換し、コレクトするという付き合いをする様になった。

 

だが、宮崎勤はここでもサークル仲間に無理な注文をしたり、自身は約束を守らなかったりしたために、やはり嫌われていた。

 

宮崎勤が犯行を行う切欠となったのは祖父の死から?!

画像引用:Neverより

宮崎勤がビデオサークルに入ってから、2年ほどでためたビデオテープの量は6000本に迫っており、逮捕直後に公開された部屋の様子は日本中の人間に衝撃を与えた。

 

1988年5月16日に育ての親といっていい祖父が他界し、その3か月後に埼玉県入間市で幼女を誘拐し命を奪った。

 

宮崎勤の犯行動機は結局、分からないまま死刑囚となり刑執行されたわけだが、おそらくは宮崎勤が犯行に及んだ切欠は最愛の祖父の死であったのではないだろうか?

 

あくまで憶測であるが、宮崎勤が最初の事件をおかす前に、近所や別の地で類似犯罪(幼児への猥褻)などが無い。

 

それまでは頭の中の妄想と自慰行為にて、欲求は解消されていたわけであるが、最愛の祖父が亡くなったことが切欠で自身に良心を持っている必要がなくなったと感じる。

 

かつて、神戸児童連続事件を起こした犯人・酒鬼薔薇聖斗は、最愛の祖母を無くしたことで頭の中で何かがはじけたという見解もある。

 

異常犯罪への欲望を抑えるものは、自分を愛してくれて育ててくれた人間の存在があるかないかによって異なる。

 

祖父を失ったことで、宮崎勤の頭の中にあった安全弁が壊れて、モンスターとなったと感じるがどうだろうか。

 

おわりに

宮崎勤死刑囚に刑執行されて、既にだいぶ年月が過ぎた。

 

しかし、現在に至るまで謎が残っており、残忍でおぞましい内容の為に、未だに人々の記憶からこびりついて離れないおぞましい事件である。

 

が、当の宮崎勤の育った環境は非常に経済的に裕福であり、欲しいものは何でも与えられていた恵まれた家庭だ。

 

だからこそ、幼い頃から既にプライバシーが持てる環境にいたのが災いとなった感もある。

 

謎が解明されることは今後も無いと思うが、おそらくは宮崎勤の犯行の起因は祖父の死であったのではないのだろうか?

 

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