小林麻央がブログ KOKOROでアメンバー限定記事を更新。

 

塚田先生というタイトルで銘打たれた記事に注目が集まっている。

 

これは富山医科大学の医学者・塚田一博のことである。

 

既に死去しており、その死因に関心を引く人々が多いようなので、まとめてみよう。

 

Sponsored Link

小林麻央のブログKOKOROの塚田先生とは?

小林麻央はブログ KOKOROで2017年3月5日にアメンバー限定記事として、塚田先生と銘打った記事を更新。

 

この日は後述する塚田一博の命日であり、小林麻央の恩人であるのだという。

 

末期の乳がんを患った時に、塚田一博と会った小林麻央は励まされたことを、今でも感謝している。

 

アメンバー限定記事なので、詳しい内容を引用するのは控えるが、小林麻央は塚田一博に闘病の為のマインドセットをもらったという。

 

小林麻央が東京の病院で塚田一博とあい、励まされた2か月後に死去している。

 

塚田一博について

【名前】 塚田一博(つかだかずひろ)

【生年月日】 1950年10月17日

【星座】 てんびん座

【享年】 65歳

【出身地】 栃木県

【学歴】 新潟大学医学部

【所属】 富山大学病院・病院長

以下は具体的な経歴

1950年10月17日、栃木県・栃木市にて出生
1975年3月新潟大学医学部卒業。同医学部附属病院 医員(研修医)
1984年4月新潟大学医学部附属病院 助手(第一外科)
1993年4月新潟大学医学部 講師(第一外科)
1997年4月富山医科薬科大学医学部 教授(第二外科)
2000年4月富山医科薬科大学附属病院 副院長
2001年4月富山医科薬科大学附属病院 医療安全室長(初代)、同救急部長(初代)
2005年11月富山大学大学院医学研究科 教授(消化器・腫瘍・総合外科)
2006年4月富山大学附属病院 がん治療部部長(初代)
2007年4月富山大学附属病院 栄養部部長(初代)
2011年4月富山大学教育研究評議会 評議員
2013年4月富山大学附属病院 病院長、富山大学副学長
2016年3月5日 在任中に逝去

北陸ではどうやら名医であり、名士であるといったところか。

 

医学者だけではなく、富山テレビでは番組の審議委員も死去前まで務めていたという。

 

次は死去の際、どの様な死因であったのかに触れてみよう。

塚田一博の死去した死因とは?

塚田一博は2016年3月5日に死去。

 

地元・新潟市内の病院が最期の場所であっただが、その死因は肝不全であったということが明らかになっている。

 

生前の塚田一博は院長として理想的な人物であったと評されており、下の医師やスタッフにも声をかけて、細かい指示を出して、患者の為の気配りを欠かさなかったという。

 

熱心な指導をする人格者としても知られており、塚田一博が死去した後の2016年4月30日には【塚田一博先生を偲ぶ会】が【ホテルニューオータニ高岡】で行われたほどだ。

 

小林麻央のブログ KOKOROの記事によると、小林麻央が励まされた2ヶ月後に塚田一博は死去しているという。

 

つまり、これは小林麻央がブログ KOKOROを開設する以前、まだ世間にがんを公表する前に、既に出会っていたということになる。

 

おわりに

小林麻央がブログ KOKOROで塚田一博の命日に合わせて、記事を更新するというのは、それだけ彼女の中に強い印象が残る人物であったということだ。

 

既に死去しており、死因は肝不全であったという事実が非常に口惜しいところだ。

 

小林麻央の悲痛な叫びと奇跡を起こし続けている原動力は、アメンバー限定記事【塚田先生】に全て書いてある。

 

是非、まだご覧になられていない方は、一読することをおすすめする。

 

Sponsored Link