倉嶋厚が死去したという報道が流れている。

 

若い世代にはあまり馴染みがないが、
NHKのお天気博士としてお茶の間の一般人に
知られた人物であった。

 

ここでは倉嶋厚の死因や経歴や画像などを紐解いていこう。

 

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倉嶋厚について


倉嶋厚は大正13年(1924年)に長野県長野市で生まれた。

 

血液型はO型であり、元NHKのお天気キャスター。

 

1949年に現在の気象大学を卒業後に、気象庁に勤めて、防災気象官に。

 

その後、主任予報官や
札幌気象台予報課長、鹿児島気象台長などを歴任した。

 

気象庁を1984年に退職した後は、
NHKの解説委員に抜擢されて、
フリーの気象キャスターとして活躍。

 

また筑波大学でも講師を務め、
お天気をテーマにした執筆活動も展開していた。

 

日本を代表する気象学者として、
認知されており、多くの国民栄誉賞を受賞。

 

作家としても膨大な著作を残しており、共著も含めると50冊以上の著作を発表し、好評を得ていた。

 

倉嶋厚が死去・・・死因は何だったのか?

倉嶋厚の死去報道の際は、
死因を明記していないメディアもあったが、
実は既に明るみになっている。

 

以前から埼玉県の病院に
入院していた倉嶋厚は、腎盂がんを患っていたのだ。

 

2017年8月3日に、同病院で
がんによって死去したことが判明しているのだ。

 

つまり死因は腎盂がんによるものということで
結論が出ているということである。

 

がんにかかる前まで、
気象エッセイストと自らを呼び、奮い立たせて講演活動や、
執筆活動を続けていたのだが・・・。

 

倉嶋厚はうつ病を患っていた!

倉嶋厚はお天気キャスター、気象博士として
日本有数の実績があるが、実は2002年に自身のうつ病を告白している。

 

その原因は長年連れ添った妻が死去したことによる、
心因性ショックからくるものであり、自殺も考えたことがあるほどであった。

 

だが、雇っているお手伝いさんや
心療内科に入院治療をしたことにより、回復した。

 

2002年にうつ病を告白した際には、
既に克服した後であったが、それに加えて
自らのうつ病体験を記した著書を出版。

 

それ以降は、気象学の他にうつ病などの
心理学に関わる講演活動もしていたのだった。

 

おわりに

倉嶋厚ときいて、一見、思い浮かばずとも、
画像を一目見れば、誰でも一回は見たことがあるというくらいに、
我々の記憶には浸透している人物である。

 

幼き頃からテレビで我々の生活を助ける気象情報を
穏やかな口調で伝えてくれた倉嶋厚の死去は、
生前の活動などを知っている人間には悲しみを抱かずにはいられない。

 

死因は腎盂がんであったことも、
現在、明らかになったことであり、非常に苦しかったであろう。

 

しかし、今は倉嶋厚のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

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