桂歌丸が死去したことに多くの国民が衝撃を受けている現在。

 

死因が不明とされているようだが、それは言うまでもないくらいに明確なものであるようである。

 

ここでは桂歌丸が現在、死去した死因を過去の情報から読み解き、まとめてみよう。

 

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桂歌丸について

【名前】 桂歌丸(かつらうたまる)

【生年月日】 1936年8月14日

【星座】 しし座

【享年】 81歳

【出身地】 神奈川県横浜市

【血液型】 A型

【所属】 オフィスまめかな

【デビュー】 1951年

落語界の第一人者であり、死去の報道がなされた桂歌丸は中学生時代に慰労会の場で、5代目春風亭柳昇の落語を聞いて衝撃が走り落語家を目指した。

 

1951年に5代目古居間輔の元に入門するも、1961年には米丸門下に渡っていった。

 

1964年に桂歌丸に改名してから、テレビに進出し1966年に【笑点】の大喜利の面子として人気を博すようになった。

 

主な芸歴や賞与は以下の通り。

 

・1979年、代⽬三遊亭⼩圓遊と共に社団法⼈落語芸術協会理事就任。

・横浜市政100周年市⺠功労賞
・⽂化庁芸術祭賞受賞
・横浜⽂化賞受賞
・神奈川⽂化賞受賞
・芸術選奨⽂部科学⼤⾂賞受賞

・1999年 落語芸術協会副会⻑就任

・2004年 落語芸術協会5代⽬会⻑就任

 

2016年4月30日、長らく司会を務めていた【笑点】の司会者から撤退し、同番組初の終身名誉司会に就任し、幕を閉じた。

 

2018年7月2日に死去が各メディアから一斉に報道された。

 

桂歌丸の死因は肺炎によるもの?


桂歌丸の死去報道が出て、悲しみに暮れているファンの間では既にその死因が何であったのかは明確であろう。

 

以前から桂歌丸は肺炎を繰り返しており、復帰するも休養、入院や退院、再入院を繰り返していたのだった。

 

元々、笑点を勇退したのも体調が優れなかったことが原因であると、噂されており、それはその後の桂歌丸の動向から容易に判別できることであっただろう。

 

次は桂歌丸が死去してしまった現在に至るまでを紐解いていこう。
 

 

桂歌丸が現在に至るまで

桂歌丸は2016年、長年、お茶の間を賑わした笑点の司会から勇退したが、その理由は病気によるものであった。

 

笑点から退いた僅か2か月後の7月には腸閉塞の為に入院し、8月には肺炎を患っている事が分かり、再入院をしている。

 

後に【桂歌丸芸歴65周年 冬の特選大落語会】で高座に復帰予定だったが、それは病気が回復したものではなく、医師が止めるのを構わず振り切ってのものであったのだ。

 

病気で伏せっているよりも、現場で死にたいという勇敢な落語家魂があったのだろうか。

 

だが、2017年4月に肺炎がぶり返して入院を余儀なくされたわけであり、前述した【桂歌丸芸歴65周年 冬の特選大落語会】の公演は中止となってしまう。

 

5月には退院したものの、翌月、6月3日の春風亭小朝との共演で復帰予定だった漫談会も、前日の2日に体調不良になり休演とあいなった。

 

これは後に【左肺炎慢性呼吸不全】の急性増悪という診断であったことが明らかになっている。

 

現在、報道されている情報では、近年の様子が簡潔に判明している。

近年は誤えん性肺炎などで体調を崩し、入退院を繰り返していたが、今年4月の国立演芸場では隔日でトリをつとめ、長講の「小間物屋政談」を熱演していた。

引用:yahooニュースより

しかし、現在、死去報道があった桂歌丸が再び肺炎を患って、今度はそのまま意識が戻ることはなかったということだろう。

 

おわりに

桂歌丸が死去した死因は肺炎であることは間違いない様にも思える。

 

現在、悲しみに暮れているファンの多くは、既にそれは容易に推測出来たことのようにも感じる。

 

長年、テレビを通してお茶の間を笑いの渦に巻き込み、偉人として賞賛された桂歌丸。

 

そのご冥福をお祈り申し上げます。

 

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