岡田有希子は昭和を代表するアイドルとして、
現在でも伝説と化して語り継がれている。

 

その死の背景には複数の男性の影があったということは、
現在まで言われ続けており、それが自殺の原因であると言われている。

 

遺書には峰岸徹の名前が書かれており、
その自殺の動機は彼であるというのが、
通説になったが、実は神田正輝がその背後にいたという。

 

そして、それを証明するかの様な接点などもあるというのだが・・・。

 

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神田正輝と岡田有希子の接点とは?

1986年6月にある週刊誌が
岡田有希子の自殺の本当の原因ともいえるスクープを報じた。

 

それは岡田有希子が想いを寄せていた相手は
峰岸徹ではなく、神田正輝であるということ。

 

そして、実は男女の関係にすでになっていたというのだ。

 

神田正輝と後に結婚する松田聖子は
岡田有希子の所属事務所の先輩であり、
聖子を通じて岡田有希子は神田正輝と知り合ったという。

 

しかし、実は既に松田聖子とも関係を持っており、
岡田有希子が自殺する前日の1986年4月7日に
聖子が妊娠していることを発表したのだ。

 

すでにこの時は松田聖子は、妊娠4ヶ月であった。

 

つまり、松田聖子が既に妊娠していることを知った時に、
思い詰めて岡田有希子はその翌日に
自殺を決意したということになる。

 

岡田有希子と峰岸徹の関係はなんだったのか?

1986年当時は神田正輝が
所属する石原プロモーションは、
芸能界の中でも凄まじい影響力を持っていた。

 

峰岸徹は実は石原裕次郎に憧れて
芸能界入りしたというくらいに尊敬していた。

 

その石原裕次郎が
神田正輝と岡田有希子との関係を公に知られないように、
頭を下げて峰岸徹にカモフラージュの相手になるように頼んだという。

 

芸能記者やその他諸々の芸能通らは、
婚約を発表した翌日に岡田有希子が自殺したことで、
神田正輝と関係があったのではないか?
と、いう憶測が既に立てられていた。

 

そして、問題は遺書の内容になってくるが、
そこにも実はある真相があったのだという。

 

神田正輝の名前が岡田有希子の遺書に書かれていた?!

岡田有希子の青山の自宅の部屋から、
遺書が見つかったのだが、当初、その遺書には
こう書かれていたと発表されている。

男優の峰岸徹さんにふられた・・・あこがれていたのに、最近冷たくされて悲しい・・・勝手なことをしてごめんなさい・・・

これが公表されて、後に峰岸徹はこうコメントした。

正直ものすごいショックです。

僕はアニキのつもりだったが、彼女にはそれ以上のプラスアルファがあったのかも知れない。

ところが、実は前述した真相を
暴露した某ジャーナリストの見解であると、
遺書に書かれていた名前は峰岸徹ではなく、
神田正輝であったという。

 

つまり、これこそが石原裕次郎に頼まれて、
峰岸徹が敢えて神田正輝の風除けとなったということが真相であるという。

 

そして、更には岡田有希子は
神田正輝に引き合わせられて、
舘ひろしとも恋に落ちていたという説も当時はあった。

 

そして、他のゴシップ誌では、
そんな風に遊ばれて、病んでしまったことを苦にして
自殺したとも報道していたようだ。

 

おわりに

神田正輝と岡田有希子の接点は、
間違いなくあった様に思える。

 

これらが本当であるとすれば、
先輩の松田聖子に神田正輝を結果的に取られ、
挙句、違う俳優とも関係をもってしまっていた
岡田有希子があったということだ。

 

要するに人気アイドル、
人気俳優同士の恋愛泥沼劇がそこにはあったようであり、
遺書の内容をねつ造する形で公開したという真相があったようだ。

 

だが、これも結局のところ
当事者たちが否定をしてしまえば、ゴシップとして
いつかは皆の記憶から忘れ去れてしまうことだ。

 

何故なら、本当のことを知っている岡田有希子は既にいないからだ。

 

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