以前、ドラマにもなった【7つの顔を持つ女】と呼ばれた福田和子。

 

福田和子が和菓子屋に嫁いだ話や長男の息子の話は割と世間に広まっているエピソードです。

 

しかし、もっととんでもない過去が福田和子にはあったのです。

 

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ドラマにはできない福田和子のヤバイ過去

福田和子の画像
福田和子の画像 時効目前でつかまり、獄中で息を引き取った彼女の逞しさは過去に培われたもの

ドラマでは語られなかったことですが、
福田和子が最初に犯罪をおかしたのは、18歳の頃だそうです。

 

1966年(昭和41年)に当時、同棲していた男性と供に強盗事件を起こしました。

 

強盗に入られたのは高松市の国税局長宅であり、福田和子はあえなく逮捕されます。

 

その後は松山刑務所に収監されますが、ここで最初の悲劇が起きます。

 

福田和子が松山刑務所で・・・

松山刑務所は当時、暴力団同士の抗争
第一次松山抗争】で逮捕された暴力団組員が服役していました。

 

この暴力団組員は郷田会系の組員でしたが、
なんと、刑務所の看守に金銭を渡して結託していたのです。

 

彼の目的の女性受刑者の身体。

 

松山刑務所に収監されている女性受刑者は、
看守に買収された暴力団組員たちによって、慰みものとなっていたのです。

 

福田和子はこうした理不尽な環境に身をおく羽目になり、被害者となってしまいます。

 

看守から福田和子が収監されている房のカギを借りて、福田和子を襲ったわけです。

 

また担当の看守も福田和子と無理矢理、関係をもっていたというのだから、始末に負えません。

 

こんな酷い過去があるからこそ、
福田和子は普通の女性と違う精神力を若いうちから持ち合わせていたのでしょう。

福田和子は移監先の高松刑務所でも・・・

松山刑務所での暴力団組員による看守買収は、
後に【松山刑務所事件】と言われるようになるものになります。

 

松山刑務所事件に関しては後述するとして、
ドラマにはならなかった福田和子のヤバイ過去を、もう少し見ていきましょう。

 

忌まわしい松山刑務所での被害から後に、福田和子は高松刑務所へ移監されます。

 

しかし、何とここも男性受刑者に看守が買収されているという環境だったのです。

 

福田和子は高松刑務所でも受刑者の男性に襲われるという被害に遭うわけです。

 

現在の日本の刑務所では考えられないことですよね。

 

何もこうした犯罪の被害女性は
福田和子だけではありませんでしたが、
女性受刑者は被害届を出すことが出来ないのです。

 

つまり、泣き寝入りするしかないという悲しい結果が待っているのです。

 

確かにこれら一連の福田和子のエピソードはドラマでは使えませんよね。

 

ドラマにならない福田和子の過去のまとめ

福田和子は後に14年間、警察の指名手配から逃れ続け、
顔を変え、名前を変えて時効目前まで逃げ切る精神力を見せつけました。

 

本来の人間が持つ、迷いや不安や恐怖といった感情は、
すでに無かったからこそ出来たのでしょう。

 

松山刑務所や高松刑務所のヤバイ過去だけが理由ではないと思いますが、
福田和子の精神力はこうした経験から養われていったのでしょう。

 

ちなみに松山刑務所事件で暴力団組員に買収された看守は数名いたようで、
このことは【第52回国会法務委員会】でも取り上げられました。

 

松山刑務所内の看守の不祥事が明るみになったわけですが、
刑事事件としては立件が出来ませんでした。

 

前述した様に受刑者が被害届を出すことが出来ないからです。

 

そして、暴力団員に買収された看守のうち二人は、
処分を恐れたが故に後に自ら命を断ったそうです。

 

ありえない実話が福田和子の過去には隠されていましたね。

 

取り上げられるのは和菓子屋に入り込み、
時効から逃げ切ろうとする福田和子がドラマになっているわけですが、
個人的にはこういうところもドラマで表現することが、
フェアだと感じているわけですけど、難しいんでしょうね。

 

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