ガッツ石松には数多くの伝説と言われているエピソードがある。

 

コメディアンの様な芸風で注目されているが、
列記としたボクシング元世界チャンピオンであり、
数々の名言を残している漢だ。

 

ガッツ石松の数多くの過去を紐解いてみよう。

 

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ガッツ石松について


【名前】 ガッツ石松(がっついしまつ)

【本名】 鈴木有二(すずきゆうじ)

【別名】 鈴木石松(すずきいしまつ)

【生年月日】 1949年6月5日

【星座】 ふたご座

【年齢】 67歳

【出身地】 栃木県上都賀郡栗野町

【血液型】 O型

【所属】 ガッツエンタープライズ

【デビュー】 1978年

 

ガッツ石松は元WBC世界ライト級チャンピオンであり、歴代ボクシング世界チャンピオンの中で誰よりも敗北が多い男でも知られている。

 

ボクシング引退後は持ち前の奇妙なキャラクターで、瞬く間に人気者となりバラエティ番組などに起用されるタレントとして活躍。

 

ガッツ石松が実は元ボクサータレントとしてのパイオニアといってもいい存在であり、その後に続く人間たちに与えた影響は大きい。

 

タレント活動だけではなく、役者としても活躍しており、自費を投じて製作総指揮した映画【カンバック】や【罪と罰】はカルト的人気を誇っている。

 

現在も尚、タレント活動の傍ら【プロボクシング・世界チャンピオン会】を設立し、会長の座に座っている。

 

ガッツ石松の喧嘩伝説が痛快!

ガッツ石松が若い頃に作ったとされる伝説は、未だに語り草になっている。

 

一番、有名なのはやはり東洋太平洋ライト級チャンピオンだったときに、起こした喧嘩エピソードだ。

 

ガッツ石松には弟がいたが、その弟が池袋の路上で極道に絡まれたという。

 

それを静止しようとしたガッツ石松に極道が歯向かってきたために乱闘になったという。

 

極道の数は8人だったが、巧みに路地裏に誘い込んで、1VS1の状況を作り出して、全てをねじ伏せたのだ。

 

結局、ガッツ石松はこの件で現行犯逮捕されたわけだが、後に正当防衛として釈放された。

 

ガッツ石松の名言は珍言?

ガッツ石松は極道相手にも怯まないで、柔よく剛を制す人物であるが、その性格からが名言ともいえる珍言も数多い。

 

数多くの名言珍言の中から、ひと際、インパクトのあるものを紐解いてみよう。

 

・インタビューで「好きな数字は?」という問いかけに、ガッツ石松は・・・

『ラッキーセブンの3!』と答えた。

・スティーブン・スピルバーグの映画【太陽の帝国】に起用されたガッツ石松だが、スピルバーグはどんな人間だったのか?の問いに

『うーん、外人だったね。』

・ガッツ石松が選挙に出馬した際に、左手を掲げて意気込んだが・・・

『いざとなったら、このストレートで乗り切って見せます。』

・とあるボクサーの世界タイトルマッチの解説にて、チャレンジャーの気持ちを尋ねられた時

『いや、怖いのが半分・・・恐ろしいのが半分でしょうね。』

・ガッツ石松がインタビューを受けた際に、思わず言ったことは・・・

『私はボクシングで人生が380度、変わりました。』

 

やはり、ガッツ石松は只者ではない、伝説の男であることが見て取れる・・・。

 

おわりに

ガッツ石松の喧嘩エピソードは未だに語り継がれるエピソードであり、多くの芸能人たちが己の武勇伝を語るときに、ガッツ石松の伝説までもが語られるくらいにインパクトがある。

 

また、とても考えて出せるものではない天然すぎる天然な名言や珍言も、ある意味、ガッツ石松の真っ直ぐな性格を如実に表していると言えよう。

 

既に老人といってもいい年齢に差し掛かっているが、その破天荒さは未だに健在である。

 

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