朝倉匠子は1980年代に活躍していたモデルであり、
現在は美容研究家として支持されている。

 

そんな朝倉匠子はかつて乳がんを患っていたが、
見事に回復して、現在はテレビなどにも度々、登場している。

 

そんな朝倉匠子は
かつて何故、芸能界を引退したのか?

 

それは何を隠そう愛川欽也に
言われた一言が切欠であったのだ。

 

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朝倉匠子について


【名前】 朝倉匠子(あさくらしょうこ)

【本名】 由利匠子(ゆりしょうこ)

【生年月日】 1956年10月7日

【星座】 てんびん座

【年齢】 60歳

【出身地】 広島県広島市

【血液型】 B型

【学歴】 青山学院大学米文学部

【所属】 AACクリニック銀座

【デビュー】 1978年

 

朝倉匠子は大学生の頃から
資生堂などのCMモデルと活躍していた。

 

1982年に日本テレビが誇る伝説の
深夜情報番組【11PM】で愛川欽也のアシスタントに抜擢された。

 

当時からその圧倒的な美貌は
多くの男性が惹かれて、瞬く間に人気モデルとして
話題になっていた。

 

しかし、1986年に
芸能界から姿を消して渡米した。

 

結婚が重なったこともあるが、
実は芸能界引退を決めたのには理由があったようだ。

 

これは後述する。

 

その後、出産をして10年ほど専業主婦をしていたが、
歳をとっても女性は輝けるということを証明する為に、
自身の持論である【アクティブ・エイジング】を提唱。

 

それを期に仕事に復帰し、
資生堂などが参加しているNPO法人などの協力を経て、
現在は美容研究家やモデル、コラムニスト、
講師などのマルチな活動をしている。

 

朝倉匠子はかつて乳がんにかかっていた!

朝倉匠子は実は乳がんを患っていたことがある。

 

発覚したのは2016年3月であり、
左胸にがんが発症していたそうだ。

 

が、ステージⅠの早期発見であり、
他部位に転移もなかったことから、
温存手術を経てがんを克服したそうだ。

 

しかし、乳がんの再発を予防する為に、
体内の女性ホルモンの分泌を抑制する薬を
5年間、使用しなければならなかった。

 

この影響で肌は荒れて、
髪もしなやかさが無くなり、
唾液の減少などから食事も楽しめなくなるという
副作用に苦しめられたそうだ。

 

一時期は美容研究家でありながら、
自分自身に起きている症状にショックを受けて、
自殺を考えるほどの鬱状態に陥ったという。

 

だが、現在はがん患者専門の精神科に通い、メンタルを取り戻した。

 

また、鬱状態に追い込んだ症状を
改善させるサプリメントなども見つけ出して、
現在も尚、20代の頃と変わらぬ美を維持しつづけているのだ。

 

朝倉匠子が芸能界を引退した切欠は愛川欽也?!

朝倉匠子が2017年6月30日の
vテレビ番組【爆報! フライデー】に登場し、
芸能界で自身が最も影響を受けたであろう
愛川欽也の思い出を語る。

 

実は朝倉匠子はその美貌で
11PMのアシスタントに抜擢されてたが、
実際には原稿を読むのも一苦労であり、
自分の力量の無さを痛感していたという。

 

そんな時に尊敬する先輩であり、
11PMにおいてはパートナーと言える
愛川欽也に言われた一言が強烈に突き刺さった。

匠子ちゃんは、隣でニコニコ笑ってればいい

そう言われて、自分の無力感を自覚して、
二流以下になるのは辛いと感じて、
芸能界を引退して新境地を目指したようだ。

 

芸能界を引退したのは
結婚したという理由もあるにせよ、
実は尊敬する恩人である愛川欽也の
一言が切欠であったのだ。

 

おわりに

朝倉匠子は還暦を迎えていても
尚、燦然とその美貌を輝かせる女性として、
高い評価を受けている。

 

乳がんを患い、その後遺症で
一時はピンチを迎えたものの、
持ち前の努力でそれらを克服した
マインドは見習うべき点も非常に多い。

 

そして現在、明かされる
芸能界を引退した大きな切欠は、
愛川欽也に言われた一言であったという。

 

やはり言葉の力は大きく、
たった一言でも自分、もしくは他人の人生を十分、
変えるだけの力を持っているということを
考えさせられるエピソードは我々も
肝に銘じておいた方がいい概念であると言えよう。

 

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